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孫悟空を描いた「鼻煙壷」
 

この鼻煙壷は、93年に中国江南の 古都「蘇州」で求めたもの。

時代は 光緒(1875年〜1908年)に造られたものである。

孫悟空ではないかもしれないが

自分では「孫悟空の鼻煙壷」と思っている。骨董の楽しみはそれでいいと思う。


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              (マイコレクションNo9)
| マイ・コレクション | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「鼻煙壷」英語では<SNUFF BOTTLEスナッフボトル>です
 

スナッフボトルは”鼻煙壺”(嗅ぎ煙草入れ)と呼ばれ、ヨーロッパから中国に渡り、

清代末期に上流社会で大変人気になったものです。

現在、アンティークのものは代表的コレクターアイテムとして世界的に蒐集されています。

 

ベースとなる乳白色の半透明ガラスに気泡を含ませたガラスを使い、

その上に緑と濃い目の赤いガラス重ねてから削りだして作られた

スナッフボトル(鼻煙壷)です。

これは、中国の揚州に行ったときに買い求めた品です。

鑑真和上の故郷である揚州は、古い街で風格あるたたずまいが今も残っています。

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ガラス細工の「鼻煙壷」

被せガラス技法で造られている。

種々の色のガラスから成る層を一つまたはそれ以上二重焼き付けするという技術を使用する。

 

はじめはその頃薬を入れるために使われていたガラスの小瓶を代用品として使っていました。
これが鼻煙壷の原型となりそれが、その後の清(1636〜1912)時代の極盛期を経て、
携帯用の容器から芸術性を競うものへと性格を変化させていきました。

               (マイコレクションNo.8)

| マイ・コレクション | 07:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
オーストラリアのダーウィンの街で買い求めた「象牙の鼻煙壷」
 

の時代(1368〜1644)にイタリアからから中国に伝わった嗅ぎ煙草は、
上流社会を中心に中国でも大流行しました。

初めは輸入された鼻煙箱に入れ持ち歩いていたそうですが、欧州と違い湿気の多い中国では
高価な嗅ぎ煙草を湿けらせない為にも、 密封度が高い壷状の容器が考えられました。
煙壺素材もまたさまざまに分化し金や銀や錫の金属製・玉や瑪瑙等の貴石の鼻煙壺や、
白磁などの陶器や硝子やエナメル彩・象牙等々、ありとあらゆる素材がこの小さな壺、
鼻煙壺に使用されました。
これは、象牙を手彫りした中国宮廷を描いた鼻煙壷です。

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裏表に細工が施された素晴らしい逸品です。

なぜ、オーストラリアのそれも北の端の町ダーウィンにこのような品があるのか

不思議に感じながら買ったのでした。

                 (マイコレクションNo.7)

| マイ・コレクション | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
中国を代表する古窯「景徳鎮」で焼かれた花の鼻煙壷
 

次にご紹介するのは、中国の南京に行ったとき、宿泊した金剛飯店の

前にある骨董店で買い求めた「鼻煙壷」です。

時代は、清朝後期のものと思える。


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もともとフランス・イタリー等、ヨーロッパの宮廷や貴族の間で使われていたものが、

中国の宮廷へお土産として献上され、以来中国の宮廷内でも作られるようになり

一般にも普及したようです。
清朝康煕帝の頃は、嗅ぎタバコは煙が出ない、身体によいとされました。

 

嗅ぎタバコは、粉煙草にバニラ・メンソール等の種々のフレーバーを付け、

「美煙壷」から蓋についた耳掻き状の匙で手の甲に取出し、それを鼻の穴に自分で

なすりつけて煙草の香りを楽しむわけです。
「美煙壷」もヨーロッパの主流であった箱型から、官廷内の工房で美しい小さな壷に、

あらゆる素材を使って造られ、民間にも普及し、更に世界中に中国製芸術品として

わたるようになっていった様です。
                       (マイコレクションNo.6)
| マイ・コレクション | 07:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
中国小さな芸術品「鼻煙壷」(ビエンコ)を楽しむ
 

先週はそば猪口をご紹介しましたが、今週は別の種類のアンティークを・・・

「猪口」は50客ほどありますが、こればかり紹介しても面白くないかもしれませんので、

次に、日本のものではありませんが、不思議な器、「鼻煙壷」(びえんこ)を紹介します。

初めて手に入れたのは、20年ほど前にシンガポールに行ったときです。

写真のラクダを描いた小さな壷を目にしたのでした。
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買い求めたときは、この小さな壷が何に使われたかわかりませんでした。

しかしながら、手のひらの上にちょうど落ち着く大きさの、蓋つきの壷

そして、絵柄、素材の面白さに惹かれていきました。

 

鼻煙壷(びえんこ)とは、嗅ぎタバコ入れでした。

嗅ぎタバコ(粉末にしたタバコの葉)を吸い込み、

その刺激を楽しむタバコ入れのことで、17世紀頃ヨーロッパから中国に伝わり、

上流社会を中心に流行しました。

はじめの頃は、箱型の容器が使われていましたが、やがて小さな薬瓶の

ような鼻煙壷が作られるようになり、素材もガラス・玉・天然石・象牙など、

徐々に凝ったものになっていきました。
この品は多分清朝時代に輸出され、イギリス人がもっていたものが

シンガポールに残ったのだと思います。

シルクロードのイメージで、好きなアンティークの1つです。
                                               (マイコレクションNo.5)

| マイ・コレクション | 07:32 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
色絵「そば猪口」江戸後期
 さて、「そば猪口」と呼んでいますが、本来何に使われていたのでしょうか?


江戸中期の書物には、なますを入れたと書かれています。

江戸末期の喜多川守貞著の「守貞漫稿」の中に「猪口には、あへもの等をもる」

と記されています。

そば猪口としてでなく、会席料理の向付けや、小皿として使用されていたので

今も多く残っているのだと思います。

この猪口を江戸時代に、ざる蕎麦用のだし入れに、蕎麦屋が使い出したと

書かれている文献があります。

大阪、摂津の和泉屋が寛永時代にざるそばのつけダシいれとして猪口を使い出した

ことがはじまりで、全国のそば屋に広がっていったのでした。


伊万里色絵のそば猪口

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中国の童子を描いた猪口であるが、これなどはそば猪口ではなく、向付けであろう。

                             (マイ・コレクションNo.4)

| マイ・コレクション | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コーヒーカップとして使用。江戸中期のそば猪口
江戸中期のそば猪口「暦手七宝つなぎ文模様」

この猪口だけは、五客そろいである。

猪口としては、最も最近求めた品である。

手に取るとすこし丸みがある,縁反り筒形の猪口である。


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                         (見込みの文様は、伊万里の五弁花・牡丹)

私たちは、この猪口で、コーヒーを飲むことが一つの楽しみである。

江戸時代中期(1700年頃)に造られた器で、炭火焙煎コーヒーをいただくと

一段と深い味わいになるのは、気のせいだろうか・・・

 

この器は、お祭りで麻布十番にいったとき、

骨董店ではない、器のお店の店頭に置かれていたものであった。

(都心で買うとやはり、高かった)
                     (マイ・コレクションNo.3 )

| マイ・コレクション | 07:54 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
高松で買った江戸時代初期の「印判手菊花文様猪口」
次に紹介するのは、「江戸初期の猪口」である。

高台付きで印判手(こんにゃく判)の菊花文様。

残念ながら欠けがありますが、このシンプルな美しさは

完器でなくても、充分主張を感じることができます。

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印判というのは「はんこ」のことです。

江戸時代は、こんにゃく判が使われていました。

こんにゃく判に呉須を含ませて模様付けをするので

水分が多いためか印判手の染付けは色彩が薄く、ムラになってしまうようだ。

この品は印判手高台付といって貴重なものである。

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また、江戸初期のものは底部の肉が厚いため見た目より重さがある。

400年くらいの昔のものだと思うと不思議な感触である。

 

この品と出会ったのは、今から25年ほど前、高松の骨董店の

ガラスケースの中であった。

そのとき、いっしょに観た深鉢も未だに忘れられない。

店主の話で、これは大名家の「お歯黒」をゆすいだお皿なのですと

聞かされ、なんかいやだなと思って買わなかったが、

藍染めのいいお皿であったし、武士の夫人の必需品であったと思うが

まず、今ではほとんど残っていない、めずらしいものであった。

今思うと買っておけばよかった・・・・

本当に骨董は、出会い!タイミングだ!気に入ったら即買いです。
                        (マイ・コレクションNo.2)

| マイ・コレクション | 07:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
アンティーク蒐集の始まりともいえる「そば猪口」
私の趣味はアンティークです。

蒐集をはじめて30年ほどになります。

古き良きものと、最初に出会ったのは、「そば猪口」がはじまりでした。

江戸時代から平成まで日常の食器であった「そば猪口」。

300年以上前のものさえ今も残っていることに驚ろかされた。

そして、そのシンプルな美に魅せられてしまったのでした。

 

そば猪口は、多くの量が焼かれ市場に出ていたためか今でも良い品が

手ごろな値段で購入することが可能で日常の器です。

色、デザインもバラエティ豊かで、今も普段使いできるのがいいのである。

 

そんなふうに30年ほど前から蒐集を始めたが、いつのまにかアンティークが

400点ほど集まってしまいました。

これから、1点1点について、1年がかりで思い入れを書いて見たいと思い立ちました。

お付き合いください。

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まず、蒐集のスタートとなった「牡丹模様の猪口」である。


大学入学した年の夏、故郷の伊勢に帰郷していたとき、隣町の松坂市の

骨董店で見つけた品である。

 

見込みには伊万里のきまり模様「四ツ割り花文」が描かれている。

江戸中期に造られた品である。
別にそば猪口として使うわけではなく、絵柄を楽しんでいる。
                           (マイコレクションNo.1)

| マイ・コレクション | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
私の120年前に製造された「ウオルサム」 元気です!
 

徳川将軍家茂にアメリカ大統領から贈られた時計は、1857年製のウオルサムであったことを

先日書きましたが、私自身の持っている時計で一番古いのが次に紹介する時計です。

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ウオルサム ムーブメントのシリアルナンバーNo .5,415,741

500万番代の機械であるので これは、1890年製であることが分かります。

 

文字盤には 「American Waltham」 と表記されています。

銀製の重厚な懐中時計です。

時計会社で信頼できる会社は、最初に製造された機械から、すべての商品に

通しナンバーが刻印され、その機械がいつ造られたものか

その機械の形状などすべて分かる戸籍抄本のような状態で保存されていることが

ポイントなのです。

1800年代後半世界一の生産メーカーであった「ウオルサム社」は、

すべての懐中時計に製造記録が保管されており、信頼性が高いのです。
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| マイ・コレクション | 07:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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