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世界の「SEIKO」 クオーツ出現までの腕時計開発の歴史

1881年に、服部金太郎が服部時計店(現在の服部セイコー)を創業。

当初は輸入時計の小売り、卸と修理が主でした。

1886年には、年間時計輸入量が3万7000個を数えた。

1892年3月に時計製造工場として精工舎を設立、同年7月には掛け時計

の生産を開始し、

1895年には国産初の懐中時計「タイムキーパー」を、

1913年には国産初の腕時計「ローレル」を発売。

このローレルのムーブは、スイス・AS(ア・シールド)社 No.55を見本に製作されたと

いわれています。
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1923年9月の関東大震災で精工舎の工場はほぼ全焼してしまいましたが

迅速に復興し、

1924年12月には腕時計の生産を再開。

1937年には精工舎から腕時計・懐中時計の部門を分離・独立して

第二精工舎を設立、腕時計の需要増に備えました。

1941年、太平洋戦争が始まると、精工舎は軍需協力工場となり、

戦局が緊迫化した1943年から工場疎開を開始します。

1945年、終戦を迎え、諏訪、仙台、富山、桐生に疎開していた第二精工舎の

各工場は亀戸に集約することになりましたが、諏訪工場だけは「精密工業を

発展させて東洋のスイスを目指したい」という地元の強い要請により、現地に残りました。

 

こうして、セイコーのなかには第二精工舎(亀戸)第二精工舎諏訪工場(1959年に

地元の協力工場であった大和工業と合併、諏訪精工舎となる・諏訪)という、

二つの時計製造会社が存在することになり、お互い切磋琢磨して

「世界のセイコーを目指す」ことになるわけです。

1946年からはまず諏訪で、1948年からは亀戸で腕時計の生産を再開しています。

その後は、スイス時計のコピーではなく、精度の高い自社ムーブの開発、生産に励む。

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諏訪のセイコー・スーパー(1950年7月)に対して亀戸のセイコー・ユニーク
(1955年6月)、

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亀戸の
ユニークに対して諏訪のマーベル(1956年6月)、

諏訪のマーベルに対して亀戸のクロノス(1958年5月)、

亀戸のクロノスに対して諏訪のクラウン(1959年3月)


そしてついに、1960年8月、諏訪から
クラウンベースのグランド・セイコーが発売になります。

これに対して、1961年8月、亀戸はクロノスベースの
キング・セイコー

発売します。

このように、「ひとつのセイコー」のなかに「二つの時計製造メーカー」があって、お互い

競い合って製品開発を進めていったのです。

seiko2

昨日のブログに書いた「セイコークラウン」は、1959年このような諏訪精工舎の

開発で生み出された手巻き時計です。

この「セイコークラウン」がベースとなり「グランド・セイコー」が誕生したのです。

 
| 時計の話 | 07:10 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「バーゼルワールドBASELWORLD」腕時計の傾向
 

今年の時計の傾向をみるに、やはり世界的な不況の波か、トゥールビヨンのような

高度な特殊機構を持つ腕時計や、ダイヤや宝石で覆われた高額時計などより

「オーソドックスな時計らしい時計」の方向に動き、これが主流となったように思われる。

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昨年は、スクエアタイプ(角型)の時計

その前年は、トノー型(樽型)の時計

そして今年は、丸型が主流である。

rado 


また、時計専業メーカーより、アパレルや、ガラス、陶器のメーカーが

元気に時計部門に進出してきているように感じられたのは私だけか・・・・・

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| 時計の話 | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「バーゼルワールドBASELWORLD2011」がスイスで開催された
            bs3 

3月24日から3月31日までスイスのバーゼル市で開催された

時計と宝石の祭典「バーゼルワールドBASELWORLD」が終了して、スタッフが帰国した。


概 要

BASELWORLD を数字で見ると:

100ヵ国から 100,700 人のビジターが来訪

45ヵ国から 1,915 の出展者が参加

70ヵ国から 2,900 人のジャーナリストが来訪

160'000 m2 の展示会場面積

毎年規模が拡大していくことは、素晴らしいことだ。


会場の模様
bs2
Hall of Dream BASELWORLD

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Hall of Inspiration BASELWORLD

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Hall of Dream BASELWORLD
このように3階建てのブースが並ぶ

| 時計の話 | 08:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
音叉時計について
ブローバ社が製造した音叉時計の名前はACCUTRON(アキュトロン

これは"Accuracy"(正確) と "Electron"(電子)を組み合わせた造語なのです。

accu

発売開始は、1960年10月25日。ブローバ社の会長、オマー・N・ブラッドレーに
よって発表されました。

当時の精度は、画期的なものでしたが、9年後、水晶を振動子としたクオーツの

発売により、短い期間で消える運命となった。
そのクオーツが、セイコーのアストロンである。1969年12月25日発売当時45万円
という高額時計であった。
seikoセイコー・アストロン


ブローバ社の設計を行ったのはスイス人、マックス・ヘッツェル

通称『音叉の父』。彼はアキュトロン完成の後、スイスに戻り、エボーシュマラン社を
設立。この
ムーブメントメーカーであるエボーシュ社で音叉時計のムーブメントを開発。

ムーブメントは、
ントル・ン・ランスエール(バランスホイール=テンプの無い時計)を略して
Montre  Sans   Balancier

MOSABA
(モサバ)と呼ばれ、スイスの時計メーカー各社へ供給されました。

mosaba


私の「毎日時計を替えてみよう」コーナーで22日目にご紹介したのが、そのMOSABAである

テクノス・モサバ チューニングフォーク 世界限定1万個の1点である。
表面は普通の時計で裏に音叉を見ることができる

 裏面(シースルーバックなので音叉が見える)

| 時計の話 | 07:26 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
ハイエック氏を悼みその業績を紹介しますと・・・
 

1980年代スイス時計業界の危機があった。

1980年年代初頭、日本のクオーツ時計の影響で、銀行も匙を投げていたスイス時計
産業
復興のため、ハイエックは当時極度の経営困難にあった「SSIH」

(オメガ、ティソ、ハミルトンなど所属)に経営コンサルタントとして乗り込み、

ロンジン、エタ、エボーシュSA、ニヴァロックス、ラドー、ミドー、サーチナを

傘下に収めていた「ASUAG」と、「SSIH」を統合してSMHグループを設立した。

(現在のスウォッチグループ)

そして、日本の安価なクオーツ時計へのカウンタープロダクツとして

「スウォッチ」を世に送り出して大成功を収めた。

その後も、ブレゲ、グラスヒュッテ・オリジナル、ジャケ・ドローを傘下に収め、

1大時計王国の盟主として君臨する。

彼いわく「俺がいなければ、今のスイス時計産業は絶対に成立していない」と・・

 

彼がSSIH(オメガ)本社に乗り込み、徹底的なインフラの整備やプロダクトの

抜本的な見直しなどを断行した際、古参の従業員が反発してハイエック氏を

社内に入れないよう仕向けたこともあったそうだ。それだけの大鉈を振るったから

こそ、スイス時計業界が生き返ることが出来たのである。

hyac 

とにかく変わった方であった。

両腕に6本ものお気に入りの腕時計をつけ。

取材でさえも「たとえ1分遅刻しただけでもその取材はキャンセルになる」。

また、エタ、エボーシュSAのムーブメントのメーカーまで手中に収めたことにより

グループ以外のブランドにムーブメントを卸さないという暴挙にでたこともあったが

スイス時計業界のため自重している。

「スウォッチモービル ( Swatchmobils ) 」という環境にやさしい小型車コンセプトを

数年間にわたって追い続けたが結実せず、結局このアイデアの中で現在も

残っているのは超小型車「スマート ( Smart ) 」のみとなった。

だが、ハイエック氏はあきらめることなく、2007年にはエネルギーコンツェルン

「グループE ( Groupe E ) 」とともに新しいプロジェクトを発表し、

再生可能エネルギーに取り組むジョイントベンチャーを創設した。

 

スイス時計産業の盟主ニコラス・G・ハイエック氏82歳で死去
ご冥福をお祈りします

| 時計の話 | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スイス時計業界の実力者ニコラス・G・ハイエック氏6月28日死去を悼む
hayek 

ニコラス・G・ハイエック氏

心不全のためビール/ビエンヌで執務中に死去した。82歳だった。

ハイエック氏は「スウォッチグループ ( Swatch Group ) 」の創業者で、

最後まで同グループの取締役会長を務めていた。

 
スウォッチグループの6月28日の発表によると、ハイエック氏は
「愛するスウォッチグループで執務中に突然死亡した。スイスの高い付加価値を

持つ優れた時計コンツェルンを実現させ、スイスの指針となる企業家と見なされていた」

スウォッチを創案したハイエック氏は、スイス時計産業界の救済者と評される

1980年代、スイスの時計産業は日本の安価な大量生産品に押され、存続の

危機に立たされていた。スウォッチグループは1983年、ハイエック氏が中心となって

ほかの時計会社との合併により創立された。ハイエック氏は2年後に経営を引き継いだ。

その後、スウォッチグループの売り上げは約18億フラン ( 約1500億円 ) から

継続的に伸び続け、2008年には57億フラン ( 約4700億円 ) に達した。

2003年、ハイエック氏はコンツェルンの経営権を息子のニック・ハイエック氏に譲ったが、

その後も取締役会長として業務に携わっていた。

| 時計の話 | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
今日6月10日は「時の記念日」です
昔はもっと時間を大切にしていた気がするし、「時の記念日」をもっと意識していた。

今は、その風潮は無い!

 

何故だろう???

クオーツになりさらに電波時計のように、ほっておいても正確に時を刻む時計ができ、

遅れたり、進んだりくるった時間を直すという行動も必要でなくなった。

また、毎日ゼンマイを巻くという決まった行為も必要で無くなった。

社会全体が似たような行動をしていたが、今は、昼、夜、夜中と年中通して個人個人が

自由に動いており、団体で動くとか同じような行動をすることがなくなった。

 

すなわち、人それぞれに自分のペース、自分の時間を持ち

軍隊のような規則、時間に規制されることがない時代なのである。

 

「人と共有する時間が消えた時代」

 

私自身、「時」を時間と捉えるのではなく、花の時期、田植えの時期など

季節をもっと味わうことに“もののあわれ”を感じていきたいと思っている。

hidokei
                                                                日時計を使ってみようかな・・
そういう意味で、旧暦で生きていた時代のほうが

人間らしい生活をしていた気がする。

これからは、「時の記念日」ではなく、「それぞれが創りだす時の記念日」

そんな記念日もいいのではないでしょうか・・・

| 時計の話 | 06:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ユーミン世界最大の時計の祭典「バーセル・ワールド2009」会場に登場
                     yumin  

世界最大級の時計と宝飾品の国際見本市「バーゼル・ワールド」の会場に、

歌手の松任谷由実さんが姿を見せた。

 松任谷さんは、セイコーウオッチが4月に発売する腕時計のデザインにかかわったのが縁で、

同社のブースに登場。

時計業界も不況のあおりを受け厳しい状況の中、有名人の参加は、明るい話題として

大歓迎である。

松任谷さんは、「大人が腕時計を眺めて子供のように興奮していて、

まるで遊園地のよう」と感想を述べていたそうであるが、多くの方にぜひ、バーゼル・ワールドを

観ていただきたい。

| 時計の話 | 07:19 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
リンカーンのゲディスバーグにおける歴史的演説・本文(英語)
 

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

 Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war.

We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live.
It is altogether fitting and proper that we should do this.

 But, in a larger sense, we can not dedicate -we can not consecrate-we can not

Hallow- this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us -that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion -that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain -that this nation, under God, shall have a new birth of freedom –

and that government

of the people, by the people, for the people,

shall not perish from the earth.

 

November 19. 1863.

ABRAHAM 1_INCOLN.
| 時計の話 | 07:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
リンカーンは、暗殺によって、56歳でその生涯を閉じた
リンカーン大統領は南北戦争終結した翌週 1865年4月14日

ワシントンのフォード劇場で観劇中、デリンジャー・ピストルで射殺されました。

 

エイブラハム・リンカーンは南部独立派の人間によって暗殺されたのです。

ブルックス・ブラザーズのプリンス・アルバートコート、ヴェスト、パンツを着、

ヴェストの胸ポケットには、ウオルサムの懐中時計が時を刻んでいたと言われています。

 

フォード劇場で観劇しなのは、“OurAmerican Cousin”(『我がアメリカのいとこ』))を

妻のメアリーと2人のゲストとともに観劇中、狂信的南部主義者の俳優の

ジョン・ウイルクス・ブース(27歳)にピストルで狙撃(そげき)された(4月14日)。

弾丸はリンカーンの左耳の下に当たり、脳を貫いた。

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観客の中にいた医師が大統領の傷を調べたが、すでに手の施しようがなかった。

9時間後(翌15日午前7時22分)死亡(享年56歳。墓地は、第2の故郷である

イリノイ州スプリングフィールド市北郊の州立の公園にある)。

なお、犯人のブースは「暴君の運命は常にこうなるのだ。南部の仕返しをしたのだ」と

いって逃走、4月26日、ヴァージニア州の田舎の納屋に潜んでいるところを

北軍によって射殺された。

 

南北戦争が終わったばかりなのに、護衛もつけずに観劇に行くことは

不思議に感じる。

特に犯人は撃った拳銃が、「デリンジャー」という超小型の護身用ピストルで

まじかで撃たないと中らないものであるので、

リンカーンが家族と2階の特別室で観劇していたところに犯人は入っていき

ほとんど頭に銃をつけた状態で撃ったのである。

 

ドアを開けて見知らぬ人が入ってきたら、だれかが気付くと思う

絶対阻止できたとはずだ。

この暗殺が出来たのは、内部に犯人との協力者がいたのではないか?

そんな風に思える。

                             rinkan 

この暗殺の模様は、たまたま最近DVDで観た「ナショナル・トレジャー2」

リンカーン暗殺者の日記で冒頭に画像で表現されていた。

| 時計の話 | 07:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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