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新撰組の発祥の地「壬生村」を訪れる
当時の新撰組の屯所であった八木邸や旧前川邸が、今でも残っています。

当時、壬生村は水菜を栽培する農村地帯だったそうで、ここで採れる水菜が、

有名な壬生菜です。

 

新撰組

徳川第14代将軍家茂の上洛の警護のために、京に上った浪士隊のうち芹沢鴨、

近藤勇ら13名は、壬生村の郷士八木家の邸を宿所とし、ここで文久3年(1863)3月

に新撰組を結成しました。
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壬生屯所八木邸
八木家は、壬生村の郷士です。長屋門を構えているくらいですから、かなり由緒ある

家柄だったのかもしれません。先祖は越前朝倉家とつながっていたようです。
現在の八木邸の長屋門をくぐると、母屋が残っています。この母屋には、芹沢鴨が

暗殺された部屋や、そのとき柱に付けられた刀傷も残っています。

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壬生屯所 旧前川邸
八木邸の少し離れたところに、文久3年(1863)から2年間新撰組の屯所とされた

「前川邸」があります。庭までは入れますが、内部は非公開です。

新撰組隊士の墓(壬生寺内)
八木邸の隣に壬生寺があります。新撰組は、ここで兵法の訓練をしていたそうです。

壬生寺の境内には、芹沢鴨と平山五郎の墓、隊士の墓があります。

また、近藤 勇の遺髪塔もあります。近藤 勇は、斬首の刑に処せられたために、

遺髪だけが祭られた塔になっています。

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壬生寺

園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年正暦2年)に自身の母のために建立したと

される。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。

中世に融通念仏円覚上人が中興。重要無形文化財の融通念仏による壬生の

「大念仏狂言」は円覚上人が始めたものと伝えられる。

江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組

(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。

当寺境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたという。

その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある

(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市三鷹市などに存在する)。

| 京都 | 07:52 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
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志摩産の新鮮な魚介類などを気軽に食べてもらおうと「大衆食堂 ぱせぷしょん2(ぱせ食堂)」(伊勢市船江1、TEL 0596-27-0288)が11月1日、伊勢赤十字病院近くにオープンした。
以前は喫茶店として使われていた店内はほとんど改装せず、壁はすだれで覆い、瓶玉や漁網などで「漁師町にあるような大衆食堂」を演出。BGMには70年代の昭和のヒット曲が流れる。店主の林完治さんは「できる限りコストを掛けずに、安くておいしい料理を提供しようと開いた」と話す。林さんは、個室創作ダイニング「パセプション」(小俣町)、手作りハンバーグ店「ジャックB」(船江)を経営し、同店が3店舗目になる。

 メニューは、志摩産の魚介類が中心に入る「造りおまかせ盛り」(1,280円)、志摩産刺し身と野菜サラダにフレッシュグレープフルーツを掛けて食べる「海鮮 俺のサラダ」(740円)などのほか、「サキイカの天ぷら」(490円)、「甘タレからあげ」(420円)などに、「まごころ船江定食」(690円)、「甘タレからあげ定食」(790円)、「刺し身定食」(990円)などの定食メニュー9種類も用意する。

 林さんは「これまでも毎日志摩から魚を仕入れていたので、さらに1店舗増えることによるスケールメリットを生かして、さらに新鮮で安いものを仕入れることができるようになった。椅子はビールや日本酒のケース。見ての通り、店内にはお金を掛けていない。料理の盛り付けも、(時間があるときは頑張る時もあるが)基本的には見た目よりも品質と価格で勝負しているので食べていただいて判断してほしい。気軽に来店いただければ」と呼び掛ける。

 営業時間は11時30分〜23時。
| るんるん | 2013/12/11 6:55 PM |

三重県玉城町田丸の田丸城跡で、安土桃山時代の城をイメージした電飾の天守閣の点灯が始まった。日没から午後九時にかけ、かつて町の中心にそびえていた城が幻想的な光で浮かび上がっている。来年一月三十一日まで。


 田丸城は南北朝時代の一三三六(延元元)年、南朝の拠点として築かれた。安土桃山時代の一五七五(天正三)年には、織田信長の次男信雄(のぶかつ)が三層の天守閣に改築。しかし、後に火災で焼失し、現在は石垣のみが残る。町によると天守閣の絵や設計図は残っていない。


 電飾の天守閣は、町商工会が二〇〇六年、田丸城の築城六百七十周年を記念して初めて企画。住民の要望を受けて、町と町商工会が一一年に再開し、三年目を迎えた。


 本丸跡に八メートル四方、高さ十メートルの骨組みを作り、白や青、黄色の発光ダイオード(LED)電球約八万個で彩っている。富士山の世界文化遺産登録にちなみ、高さ三・五メートルの富士山の形の電飾も設置した。


 城跡内のほか、近くを通るサニーロード(県道65号度会玉城線)からも全体を眺めることができる。


 町産業振興課の担当者は「電飾の天守閣が城下町・玉城のにぎわいづくりにつながってほしい」と話している。
| るんるん | 2013/12/11 6:56 PM |

熊野古道がユネスコの世界文化遺産に登録されてから、来年七月で十周年を迎えるのを前に、県などによる記念事業のキャッチコピーが決まった。伊勢と熊野を結ぶ熊野古道伊勢路を「幸(さち)結びの路(みち)」と銘打ち、若い女性客を意識したポスターを作製して来訪者の拡大につなげる。
東紀州地域の五市町などでつくる十周年事業市町実行委員会が十日、尾鷲市役所で会見して明らかにした。
キャッチフレーズは「山の幸、川の幸、海の幸、心の幸」。四つの幸をテーマに、東紀州の食の魅力と住民らのおもてなしを表現した。古来、多くの旅人が神仏の救いを求めて熊野を目指したことを踏まえ、伊勢路が人々に祈りと幸せをもたらすことをイメージしたという。
十周年用のポスターは、熊野市、御浜町、紀宝町にまたがる七里御浜と美しい石畳が残る馬越峠(尾鷲市)、イザナミノミコトの墓所とされる花の窟神社(熊野市)の三カ所で女性をモデルに撮影した。本年度は大阪や名古屋を中心に、駅や百貨店でポスターを掲示し、ガイドブックを配布して伊勢路の知名度アップを図る。
十周年事業市町実行委の事務局を務める東紀州地域振興公社の安藤和紀事務局長は「年配層にはすでにファンが多い。今後は若い女性が、観光客数の押し上げの鍵を握るのではないか」と話した。
十周年事業では、県南部地域活性化局を中心にした県実行委が主にイベント企画を、市町実行委が誘客のための情報発信をそれぞれ担当する。
| るんるん | 2013/12/11 6:58 PM |
ご購入時にお買い上げ金額(税抜)の10%がポイントとして付与され、
次回のお買い物時にとしてご利用いただけるサービスを行っています。
http://raybannihon.com/%E4%BA%BA%E6%B0%97-%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88-c-26.html
| レイバン サングラス | 2014/02/28 12:29 PM |
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