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アウン・サン・スー・チー女史19日帰国の途に
 

スー・チー氏4月13日からの7日間の日程終え帰国の途に

27年ぶりに日本を訪問していたミャンマーの最大野党の党首、スー・チー氏が

4月19日午前11時過ぎに成田空港を出発、帰国の途に就いた。

ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(NLD)党首として、

今回の訪日は、日本政府にとり、2015年の総選挙と“スー・チー大統領”を

見据え、双方の「距離を縮める旅」だった。

日本はまず、父、アウン・サン将軍が、英国からのビルマ(ミャンマー)の独立を

目指し潜伏し一時、手を結んだ国であり、後に英国とともに駆逐した国だ。
その父親は独立(1948年1月)を目前に、32歳の若さで暗殺され、

このとき2歳のスー・チー氏には、父親の記憶も面影もほとんどない。

彼女が85年から、2年間京都大学の研究員として子連れで日本で暮らしたのは、

「父親探しの旅」であった。


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当時の日本の印象を、スー・チー氏は次のように回想していた。
日本人は勤勉だ。だが、経済成長が最優先され、窮屈に生きている。

他のアジア人に優越感を抱き、あらゆる機会を利用し金もうけをしようとしている。

男性は女性を蔑視している−。

何より、スー・チー氏には、弾圧された軍事政権時代から今日に至るまでの、

日本政府の「政権寄り」に対する不満と不信感が内包されていると、側近は打ち明ける。

それは日本政府が、民主化運動を弾圧した軍政と良好な関係を保ち

民政移管後も、民主化勢力を軽視していることにあるのだという。

一方、日本政府にしてみれば、総選挙でNLDの“圧勝”が予想され、

スー・チー氏も日本記者クラブでの会見で言及したように、次期大統領への意欲を

日増しに強めており、訪日を契機に距離を縮めたい。
だが、スー・チー氏が日本側に苦言を呈した場面も少なくない。

例えば「政府や国家権力に対してではない、国民への支援」を強調した点だ。

父親であるアウン・サン将軍は、ミャンマーの紙幣にもなっている英雄である。

今年、タイとミャンマーの国境であるメーホンソーを訪れたとき

記念に買ったミャンマー紙幣には、アウン・サン将軍の顔が印刷されていた。

aunsan

| 日常 | 07:13 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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鳥羽、志摩両市が事務局を務める海女振興協議会は、公募していたPR用ポスターのデザイン審査で、最優秀賞に北九州市、デザイン会社経営の奥博文さん(52)の作品を選んだ。

 事務局は採用作品でB2判のポスター五百枚を作製した。海女文化を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として登録を目指す事務局の活動などに役立てていく。

 奥さんの作品は、魚の群れが泳ぐ海の中、潜水漁に励む磯着姿の海女を写真の加工・編集で表現している。審査では「獲物を求めて一心不乱に潜水を繰り返す海女の姿が力強く描かれている」と評価された。

 公募は昨年十一月から今年二月末まであり、県内外の十四〜八十二歳の六十八人が計九十八点を寄せた。審査は海の博物館の石原義剛館長ら三人が務めた。

| るんるん | 2013/04/24 4:53 AM |
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