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奈良は、やはり東大寺の大仏でしょう

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「東大寺」の正式名は「金光明四天王護国之寺」です。

 聖武天皇の皇太子 基王の菩提を追福するため、若草山の麓に造営された

「金鐘山寺(きんしょうせんじ)(金鐘寺)」が、国分寺建立の詔により国分寺の

総本山「金光明寺」となりました。
金光明寺の呼称が東大寺に変わるのは大仏開眼の少し前とのことです。

東大寺とは「平城京」の東方に位置するからです。

また、古代の「大寺」とは天皇のお寺と言う意味です。

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奈良の大仏ですが最初、聖武天皇は近江の国(現在の滋賀県)の紫香楽宮
で大仏造営の詔を出されました。

そこで、大仏造営の工事は紫香楽の「甲賀寺」で開始されましたが、

都が平城京に戻るのに合わせて甲賀寺での大仏造営を中止して聖武天皇と

皇后のゆかりの金鐘山寺(東大寺)の寺域内で大仏造営の工事が再開されることに

なりました。
近江京が実現していたら大仏は、近江の大仏となっていたかもしれませんね。

現存の大仏殿は寄棟造、本瓦葺き。一見2階建てに見えるが、構造的には

一重裳階(もこし)付きで、正面5間、側面5間の身舎(もや)の周囲に1間の

裳階を回している(「間」は長さの単位ではなく、柱間の数を表す建築用語)。

 
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高さ46.8メートル、間口57メートル、奥行50.5メートルで、高さと奥行は

創建時とほぼ変わりないが、東西の幅は約3分の2に縮小されている。

大仏の左右には脇侍として木造の如意輪観音坐像虚空蔵菩薩坐像を安置。

堂内北西と北東の隅には四天王のうちの広目天像多聞天像を安置する。

いずれも江戸時代復興期の像である。

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| 日本を旅する・奈良 | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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