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「天地明察」、渋川春海(はるみ)は伊勢神宮に立った
北極星出地の調査旅

春海は隊長の補佐役として東海道を下がる。

天体観測ゆえに、昼間歩行して夜に本格的な作業をおこなうという

非常な労働にも、建部、伊藤の二人の年配隊長の探究心を失わない行動は、

春海の心を刺激し昂揚を感じていた。

 

熱田を経由して伊勢に行く

「伊勢神宮」で観測隊の面々が「伊勢暦」を購入した。

京では暦の権威の筆頭の京暦、江戸では三島暦が使われていて、

大小月の割振りで時期によっては朔日だったり晦日だったり異なっていた。

権威の所在ごとに暦があることを再確認している時に、予期せぬ月蝕が起った。

それにより、800年使われている日本全土の暦を司る暦法の宣明暦に2日の違いが
あることが判明した。


ise1
 

「天地明察」の本文より抜粋 


神道はその作法の古伝が失われて久しい宗教である。

何のための拍手か、何のための拝礼か、それらの行為によって何が得られるのか、

そうした教義がない。だが昨今は、優れた神道家たちにより、神道独特の宇宙観から

新たに意味が解釈され、急速に体系化されようとしていた。

<拍手(はくしゅと読まないで、かしわでと読む)の意味について>

左手は火足(ひたり)すなわち陽にして霊。
右手は水極(みぎ)すなわち陰にして身。

拍手とは、陰陽の調和、太陽と月の交錯、霊と肉の一体化を意味し

火と水が交わり火水(かみ)となる。拍手は身たる右手を下げ、霊たる左手へと打つ。

己の根本原理を霊主に定め、身従う。

 

このとき火水は神に通じ、神性開顕となって神意が降りる。
手を鋭く打ち鳴らす音は天地開闢の音霊(おとだま)、無に宇宙が生まれる音である。

それは天照大神の再臨たる天磐戸開きの音に通じる

拍手をもって祈念するとき、そこに天地が開く。

そして磐戸が開き、光明が溢れ出る

光明とは、いわば種々に矛盾した心が、一つとなって発する輝きである。

その輝きは身分の貴賤を問わず、老若男女を問わない。
恐れや迷いを祓い、真に求めるものを己自身に知らしめ、精神潔白となる。
春海は、2度、3度と拍手を打った。

 

「伊勢神宮」では8度の拍手たる八開手(やひらで)、出雲大社では4拍手の作法。
だが、このときの春海には3度で足りた。
                               以上

拍手(かしわで)の意味する事を今まで知らなかった。
太陽と月の交錯なのだ。拍手をもって祈念するき、そこに天地か開く。
今後は、ぱーんと鋭い音で拍手を打つようにしたい。
 

| 天地明察 | 07:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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