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「金王八幡宮」を訪ねた「天地明察」の主役 渋川春海は実在の人物だ

渋川春海 1639-1715(寛永16-正徳5)

中国からの輸入暦法を、ただ機械的に計算して毎年の暦を作っていた

日本において、みずから観測を行い、暦理を理解し、さらに新暦法を開発した

最初の天文暦学者


harumi渋川春海肖像画

将軍家碁所4家の一つ安井家の子として生まれ、わずか14歳で父の後を継ぎ

安井算哲と称して碁所に勤めた。

暦学を松田順承、岡野井玄貞に、和漢の書を山崎闇斎に学んだ。

その秀才ぶりにより幕閣の有力者である会津の保科正之水戸光圀らの知遇を得て、

改暦の成功を招いた。


当時用いられていた宣明暦法は800余年も前に唐で採用された暦法で、日月食の

予報法も粗雑で、さらに暦の季節は天の運行に2日も遅れており改暦の必要は

迫っていた。春海は元の授時暦をもって宣明暦に変えるよう進言したが、

授時暦による日食予報が失敗したため改暦は中止された。

春海は研究を重ね授時暦を日本の地にあうように改良し、これを大和暦法と名付け、

その採用を請い、1684年(貞享1)11月、ついにこの案が採択され

貞享暦として翌年から施行された


tenkyu
 

碁所(ごどころ)という職種が江戸時代にあったことをこの本で初めて知った。

碁所は江戸幕府の役職の一つで職務は御城碁の管理、全国の囲碁棋士の総轄など。

寺社奉行の管轄下で定員は1名(空位のときもある)、50石20人扶持、お目見え以上。

囲碁家元である本因坊家、井上家、安井家、林家の四家より選ばれ、7段。

四家のうち安井家の算哲が物語の主役である。

 
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