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白洲次郎、正子夫妻の住まいであった「武相荘」(ぶあいそう)を訪ねた

buaisou

「武相荘」
、読み方は「ぶあいそう(無愛想)」である。

武相荘の名の由来は「武蔵の国の武と、相模の国の相、その二つの国の境に

位置する」と言う意味と、「無愛想」を掛けたものそうだ。

白洲次郎の独特のシャレなのだ


訪ねたのが12月11日、自然に溶け込んだ素晴らしい家であった。

都市開発の進む鶴川で、よく、昔のままの状態を保てたと思う。


150年ほど前に造られた百姓屋。
ここを白洲次郎が1942年に買い求め
改装したのだそうだ。

2次世界大戦が始まる前に、日本が敗れることを予見し、東京が

焼け野原になるとの考えのうえの疎開だったのだ。


建物は今も新鮮である。日本の木造建築のすごさを感じる。

白洲正子さんは1998年88歳、肺炎にて死去

白洲夫妻の長女・牧山桂子さんの尽力があったからこそ私どもが今、訪れることができる。

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白洲次郎

戦後、吉田茂首相に請われてGHQとの折衝にあたるが、GHQ側の印象は

「従順ならざる唯一の日本人」と怖れられた白洲次郎。

ドラマにも取り上げられ、在野の実力者として有名。


また、妻の白洲正子氏も著名な作家でもあり文化人であった。

私自身、著書も何冊も読んでいるし、ビデオの「かくれの里」を何度か観ている。

「武相荘」と白洲家については、1回では書ききれないので数回に渡りご紹介します。

 
| 芸術 | 07:37 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
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