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江戸城で出現した道灌の主家「扇谷上杉」、どこかで聞き覚えがあると思ったら
江戸の発祥ともいえる「江戸館」を建てた江戸重継。その江戸氏の寺社が、自宅から
近い「喜多見氷川神社」であった。
 

さらに今年8月に、このブログで紹介した、「深大寺城跡」の城主が扇谷上杉氏だった。

扇谷と書いて「おおぎがやつ」と読むのであるが、この扇谷上杉持朝の

家宰(家老)であったのが太田道灌だったのだ


jindaiji
 

太田道灌(おおた どうかん)とは、

室町時代の武将。武蔵守護代、扇谷上杉家の家宰。摂津源氏の流れを

汲む太田氏。諱は資長。扇谷上杉家家宰太田資清(道真)の子で、

家宰職を継いで享徳の乱、長尾景春の乱で活躍した。

江戸城を築城した武将として有名である。

 

そうなんです、太田道灌は、大きな戦を30度戦い

すべて打ち勝っている強い武将なのでした。

江戸城を造ったのが太田道灌とのイメージで土木に優れた学者だと思っていたら

大違いでした。

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