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古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る亜崛上寺塔赤羽根」

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広重 名所江戸百景「増上寺塔赤羽根」
増上寺は、三縁山六度院と号する浄土宗の関東大本山であった。

徳川家の宗旨が浄土宗であったこともあり、菩提寺に指定されて絶大な

庇護を受けた。そのため、浄土宗の本山の京都知恩院に匹敵する力を持って

いたといわれる。

境内には、壮大な山門、五重塔、鐘楼、将軍の御霊屋などがあり、

その広大さ、壮麗さは、徳川家のもう一つの菩提寺寛永寺(天台宗)と並んでいた。


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この絵は境内南に建てられていた五重塔の上の二層をかすめて、西南の方向を

俯瞰したものである。

 

増上寺の南西の地名が赤羽根であったことから、ここを流れる川を赤羽川、

またこの川に架かる橋を赤羽根橋といった。

この川の上流は渋谷川とも古川ともいい、また下流は新堀川(金杉川)と名を変えて、

芝金杉で海へ注いでいた。

現在も「赤羽橋」としてこの地名は残っている。

 

橋の北の広場では毎朝肴市が立っていた。赤羽根橋を南へ渡った右側に辻番所が

見える。道に沿った長い塀で囲まれた大名屋敷は、九州久留米藩主

有馬中務大輔(なかつかさたいふ)の上屋敷であった。この屋敷は、増上寺警備の

役目を仰せつかっていたので、邸内の岡の上に江戸で一番高い火の見櫓を立てていた。

この屋敷の西北に水天宮があり、そこに白い幟(のぼり)が6本ばかり立っているのが

見える。ここは安産、水難除け、水商売に御利益があるとして、

毎月5日の水天宮参りには大勢の人で賑わったという。

水天宮は明治5年になって人形町へ移転した。

 
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