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広重の浮世絵に残る「安政の大地震」の爪あと
先週NHKを訪ねた。

浮世絵デジタル化プロジェクトの中心であったNHKプロモーション 

執行役員 牧野健太郎氏にお会いした。


ボストン美術館所蔵の2万点にもの浮世絵を

高細密デジタルデーターとした大プロジェクトだった。

デジタルデーターにすることによりその絵が描かれた時の色が

再現できるのである。また、見えないほど細かく描かれたものが

見えてくる。

パソコンでデーターを見せていただいて、牧野氏よりいろいろ説明していただいた。

実際に刷られた本物を我々が、ルーペで詳しく観ることは不可能だったが、

デジタル化することで、部分部分を拡大できることで

いままで見えていなかった事実がみえることが理解できた。

見せていただいたことで、浮世絵の見方がかわってしまった。

asakusa 

歌川広重の「江戸百」といわれる最後の大作がある。

その中に「浅草金龍寺」と名づけられた1857年作の浮世絵がある。

これは、現在の浅草の雷門と浅草寺の絵である。

ここに安政の大地震の証拠を知った。

安政の大地震について詳しい記録が残されていないのであまり知られていないが

安政の大地震

江戸時代後期の1855年11月11日(安政2年10月2日)の

10時頃、関東地方で発生した地震(マグニチュード6.9)である。

直下型地震であったと考えられており、江戸においては江戸城の石垣が

崩壊し、本所や深川など下町を中心に死者約4300人

倒壊家屋約1万戸など大きな被害があった。この地震で水戸藩主徳川斉昭

腹心で水戸の両田といわれたと戸田忠太夫、藤田東湖が死亡、

更に、大番頭の逸見長道が死亡したとの説もある。

 tower(東京タワーの上部が曲がってしまった時の写真)

この浮世絵が作成されたのが安政の大地震の翌年1856年であると推測できる

なにが描かれているかというと

五重塔の上にある九輪が地震で曲がっているということだ。

東日本大震災で東京タワーが曲がったことを前に書いたが本当に同じようなことが

江戸時代に起こっていたことを浮世絵で知った。

| 浮世絵 | 07:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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