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東日本大震災が青森の老舗百貨店「中三」を倒産させた

青森、弘前、盛岡市に3店舗を構える老舗百貨店(株)中三

(青森市新町1−7−1、設立昭和25年8月、資本金10億7800万円、

向中野光秀社長、従業員227名)は3月30日までに青森地裁に

民事再生法の適用を申請、保全処分を受けた。

負債総額は現在精査中にあるが、平成22年8月期時点で約114億7400万円

 

明治29年6月、青森県五所川原市寺町で呉服店として創業、

昭和25年8月(株)中三呉服店として法人化。

37年11月弘前店開店、49年5月青森店開店、

56年5月盛岡店開店、平成9年には秋田店開店となった。


5店舗体制からピークとなる平成10年8月期には415億9200万円の売上

計上したもので、地元百貨店として抜群の知名度を誇っていた。

しかし、長引く景気低迷及び各店舗近隣地への競合店進出から減収を強いられ、

この間、大規模なリストラを断行。金融機関ともシンジケート・ローン(協調融資)を

組むなど資金面の補強に努めたが減収に歯止めが掛からず、平成18年1月には

創業地・五所川原店閉鎖に踏み切った。


18年8月期は300億円台の年商を割込み、五所川原店閉鎖による減損会計の

適用から最終5億6900万円の赤字決算。以後も業況の回復はなく、20年10月

には秋田店を閉鎖するなど更なるスリム化を図ったものの、22年8月期は青森、

弘前、盛岡の3店舗体制から185億5445万円の売上にとどまり、5期連続の

最終赤字と企業体力は著しく低下していた。

以後も、各種イベントの実施などで集客を図ったが

郊外立地の大型ショッピングセンターの躍進などから思うに売上は伸びず、

「東日本大震災」後の3月14日には盛岡店の地下で爆破事故が発生

以後、盛岡店では臨時休業を迫られるなど動向が注視されていた中、

今般の措置に至った。

 
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