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ゴッホとゴーギャンが生活したアルル黄色い家
ゴッホは“黄色い家”と呼んだ建物にアトリエを構えた。
彼はプロヴァンスに滞在した1年3ヶ月の間に200点を越す作品を描いた。
アルルにて描いた代表作に“夜のカフェテラス、ゴッホの寝室、


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ラングロワ橋(飛跳橋)、アルルの夜“など多くを描いた。

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残念ながら今は、二人が暮らした2階建ての黄色い家はない。写真がその場所である。

 

4階建ての建物の手前に、もう1軒ゴッホとゴーギャンが暮らした家が

あったと思われる。

| 世界の旅・フランス・プロヴァンス | 07:00 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
貴重な画像ですね☆ ゴッホが自身の耳を切り落とした現場ですか。 浮世絵には当時のゴッホなどの印象派などの常識外の感性、大胆な色彩、トリミング、その瞬間を写し取るような動き、流動性のある描写など。 浮世絵には我々が気づかない日本独自の感性があったんですね。 それが世界の感性に影響を与えるなんて凄いことだと思います。
| Tatsu | 2010/11/20 7:45 AM |
Tatsu様 コメント有難うございます。
ゴッホがここに暮らしたのは、1888年だったと思います。黄色い家はすでに無いが、写真にある4階建てのビルは、120年経っているとは思えない状態で今も残る。このラマルテール広場には、大きな噴水もありとても美しい場所でした。光躍るアルルの街で、芸術家たちの理想郷を作ろうとしたゴッホはここが気に入っていたのでしょう。私はこの後、前に見える陸橋のトンネルをくぐり北の方向に位置するアヴィニヨンにレンタカーで向かった。
| peaceman | 2010/11/21 10:58 AM |
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