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聖武天皇の宝剣「陽寳劔」「陰寳劔」が確認された
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発見された「陽寳劔」「陰寳劔」は東大寺を創建した聖武(しょうむ)天皇(701〜756)

の遺愛品で、妻の光明(こうみょう)皇后(701〜760)が大仏に献納した後に

正倉院から持ち出され、行方不明となっていた。

こうした「除物(じょもつ)」と呼ばれる品は武具や箱など七つあるが、

存在が確認されたのは初めて。

 東大寺の森本公誠長老は「陰陽の大刀は、奈良時代よりも古い時代の大刀

という見方があり、天武天皇から代々伝わった宝剣だった可能性がある。

皇后は自らの死期が迫るなか、別の血統の世に大刀を残すことが気がかりで

埋めたのではないか」と話した。

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光明皇后は、前に何回かにわたりこのブログに書いた
「阿修羅像」の生みの親であり、

仏教に篤く帰依し、東大寺、国分寺の設立を 夫 聖武天皇に進言したと伝えられる。

また貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」を

設置して慈善を行った。

夫の死後四十九日に遺品などを東大寺に寄進、その宝物を収めるために

正倉院が創設された。

さらに、興福寺、法華寺、新薬師寺など多くの寺院の創建や整備に関わった。

asyu

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