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橋本平八の弟 前衛詩人北園克衛について

橋本平八の5歳年下の弟 北園克衛 (本名 橋本健吉)

1920年に上京。ダダなどから影響を受け、前衛詩の創作を始めた。

35年、詩の実験を推し進める「VOUクラブ」を結成し、機関誌『VOU』を

刊行した(死去した78年、160号で終刊)。

今回北園を研究しているアメリカのジョン・ソルト氏の所蔵資料の多くが

初公開されるなど、全体像が浮かび上がって見応え十分であった。


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兄・橋本平八の伝統的性格を帯びた木彫と、

弟・北園克衛の先鋭的な詩作やデザインは、対照的に見えます。

しかし、北園が「私に芸術を吹きこんだのはこの兄であった」と記したように、

二人の芸術世界は互いの交流を通じて形成されたと考えられます。

 

橋本平八については、近年の調査によって未公刊の手記や書簡、絵画作品等が

発見され、そうした調査研究の成果を活かした新たな作家像の提示が課題と

なっています。また、北園克衛については、在米の北園研究家が長年にわたって

収集した膨大な資料の調査と紹介が今回許可され、こうした資料を活用した

北園克衛の全体像紹介が可能になりました。
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故郷へ帰ったばかりの兄弟の写真と、その後の写真
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北園克衛(きたその かつえ)1902〜1978 前衛詩人

1902(明治35)年、橋本平八の5歳年下の弟として誕生。

新聞記者を志して上京。

生田春月の紹介で1923(大正12)年、「文章倶楽部」に詩を発表。

また未来派、立体派、表現派、ダダの影響を受け、

GE・GJMGJGAM・RRRR・GJMGEM」(ゲエ・ギムギガム・プルルル・ギムゲム)を

創刊するなど前衛詩の分野で活動を開始。

1928(昭和3)年に「日本におけるシュルレアリズムの宣言」を

上田敏雄らと共同執筆。

1935(昭和10)年には、VOU倶楽部を結成して機関誌「VOU」を発行。

写真によるプラスティック・ポエム(造形詩)の制作、書籍装幀、

写真なども行い、1978(昭和53)年に77歳で亡くなるまで、

詩作と造形双方に及ぶ活動を展開した。

詩集は24冊(生前)出版しており、代表的なものに「白のアルバム」、

「夏の手紙」、「黒い火」、「家」がある。


「橋本平八と北園克衛展」

会期:2010年10月23日(土)〜2010年12月12日(日)

会場:世田谷美術館

 
| 橋本平八と北園克衛展 | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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