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日本の文化で宝飾品が消えた理由

宝飾品が、消え去った時期を推察すると

ちょうど阿修羅像が出来た頃からであろうと思われる。

阿修羅像は、光明皇后が、亡き母 橘三千代を偲んで造営した

奈良「興福寺」の西京堂に、八部神の1つとして造られたものである。

 

光明皇后の父は、藤原不比等である。

藤原不比等は、藤原鎌足の子供であり、

強大な権力を持っていた藤原一族である。

 

当時日本で生み出される宝飾品は、まず天然真珠である。

次に翡翠であり、さらに金、銀があった。

当然この時期に伊勢で天然真珠が産出していた記録がある。

また、翡翠の勾玉が出雲で造られていたことも判っている。

(ただし、最近まで翡翠の原石は、アジアより輸入されたと思われていた)

出雲には今でも玉造の地名が残っている。

jade 

では、これらの宝物は、どこに行ってしまったのだろうか?

ここに宝飾文化が消え去ったヒントがある。

 
| 阿修羅 | 07:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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