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6月27日の「龍馬伝」は、第26回「西郷吉之助」でした
勝海舟軍艦奉行解任、海軍訓練所(操練所)閉鎖となる。

そして、龍馬、薩摩藩西郷吉之助と会う。

NHKのホームページ表記によると

「1865年龍馬、西郷隆盛と会う」と記されているが、

 

実際の歴史は1864年に坂本龍馬と西郷吉之助の面会が実現している。

また、「龍馬伝」では海軍訓練所閉鎖後に西郷と会っていたが

それ以前に面会していて、閉鎖後西郷の薩摩藩の庇護を受けるのである。

 

まさにこの数年が、坂本龍馬が本当に力量を発揮していったのである。

この時龍馬30歳、暗殺されたのが、33歳である。

この4年間に、坂本龍馬の一生が凝縮されている重要な時期といえるのである。

ryouma 

この重要な4年間を年表に整理してみたい。まず2年間をまとめると

1864年(元治元年) この年、龍馬30歳(数え)

5月、幕府の「神戸海軍操練所」が完成し入所

6月5日「池田屋の変」で同士の多くを失う

      8月  勝海舟の使いで薩摩藩 西郷吉之助と面会

      10月 勝海舟軍艦奉行解任、神戸村海軍操練所閉鎖

          海軍が欲しい薩摩藩が海軍操練所を庇護

          龍馬と西郷の繋がりがここからスタート。

1865年(慶応元年) 龍馬31歳

      5月1日 鹿児島西郷宅に逗留

      5月19日 再び熊本の横井小楠を訪う

      5月24日 太宰府延寿王院で三条実美に謁見

      閏5月6日 桂小五郎(木戸孝允)と面会する

      閏5月11日 武市半平太切腹

      閏5月 薩摩藩の援助を得て、亀山社中を設立

      6月24日 京都薩摩藩邸に入り西郷と会見。薩摩藩名義で長州藩に

武器購入する事を承諾させる

 

「龍馬伝」では、岡田以蔵をフューチャーするがために、この部分を膨れ上がらせて
いるようだ。
武市半平太が切腹したのは、この翌年1865年の閏5月のことである。

海軍訓練所の閉鎖が 1864年10月であるから、岡田以蔵は、あれほど拷問されて

翌年の10月まで生き延びていたのだろうか??

どうも、
「龍馬伝」の脚本の時代背景が1864年と1865年がいっしょになっているようだ。

| 坂本龍馬 | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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