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田宮二郎さんからいただいたロンドンからのお土産
tamiya 


「白い滑走路」ジャンボジェット機長役で海外撮影から帰られ

お会いした時に田宮二郎さんからいただいた、ブラスの栓抜きである。

半年ぐらい前にお会いしただけだったのに、2度目にお土産まで

いただいた思い出の品です。


buras 

そして、数年後田宮さんにショーをお願いした。

1978年のことであった。

田宮二郎さんが、自殺をした年のことである。

9月に帝国ホテルを会場に、ディナーショーをしていただいたのである。

非常にお忙しいスケジュールの中、10曲ちかく歌を歌っていただいたのだ。

数年がかりでお願いしてやっと実現したショーであった。

センターに田宮さん、サイドにサックスとフルートの男性、

丁度ブルーコメッツのような体制で、歌っていただいたのだ。

 

このとき田宮さんから「妻と子供に見せたいので、席を用意してほしい」と頼まれた。

このときは、愛妻家なんだなとほほえましく感じたのであったが・・・

 

この年の12月、田宮さんは、壮絶な猟銃自殺をはかり43歳の命をたった。

 

ドラマ「白い巨塔」の撮影の間、9年に渡って司会を務めてきた

『クイズタイムショック』を1978年9月28日放送分をもって降板。

 

『白い巨塔』撮影終了後の田宮さんはすっかり虚脱状態になり、

「財前五郎の後に、どんな役を演じたらいいかわからない」とプロデューサーの

小林俊一に漏らすようになっていた。

 田宮さんには躁鬱病的気質があって、数年前から躁状態のときにM資金という

事業欲に熱中し、それが鬱状態にはいって虚脱的心理におちいり、

自殺したものと見られる。

とにかく、やさしく、気配りをされる方で、このお土産も私にまで用意していただくことなど

思いもよらなかったことで、本当に嬉しかった。今でも大切にしまっている。

ほんの小さなものでも記念という意味がはいると貴重な思い出になるのです

| 旅の記念品 | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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