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忠犬ハチ公のちょっとした物語
忠犬ハチ公の銅像ができあがったときには、まだ「ハチ」は生きていました

銅像の作者は、安藤照氏

鹿児島出身で帝展(日展の前身)の審査員をつとめる彫刻界の重鎮です。

ハチ公の銅像の完成は1934年でした。

 hachi

1934年4月21日、渋谷駅前に銅像が建てられ、除幕式にはハチ自身も出席した

これは、彫塑家の安藤照がハチ公像を作っている最中に、ハチのことを託されたと

称する老人が現れ、ハチ公像を建てるために絵葉書を売り始めたからである。

そのため、それより先に銅像を作らなければならなくなり、ハチが生きているうちに

銅像が建てられたのである。

ハチはその翌年1935年渋谷川に架かる稲荷橋付近の路地で死亡した。

主人の死亡から10年も待ち続けたわけだ。

 

実際のお話は

ハチは1924年から東京帝国大学(現・東京大学)農学部の教授、上野英三郎氏に

飼われることになった。ハチの生まれ故郷は秋田県大館市でした。

上野教授の存命中は、玄関先や門の前で見送り、時には最寄駅である渋谷駅まで

送り迎えすることもあった。

 

1925年5月に上野教授が急逝した後も、毎日渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けたとされ、

東京朝日新聞の記事により世間一般に知れ渡った。

たった1年半の上野教授との楽しい時期を忘れず

主人を慕うハチの一途な姿は人々に感銘を与え、「忠犬」と呼ばれるようになった。

 ハチ公の銅像には、ヘレンケラー女史が訪れるなど意識はされていましたが

実際は待ち合わせの場所として有名でした。

 

今回の映画HACHI/約束の犬」によって、世界的に著名な犬となることでしょう。

ハチの銅像も注目されます。

 

銅像の作者「安藤 照」さんとは、祖父が関係あり、実際祖父がモデルとなって

造られた銅像が今も残っております。

 saigou
sofu
      安藤 照氏のアトリエにて祖父

それは、鹿児島・城山公園に立つ「西郷隆盛」の像です。

 

銅像本体の高さは5.76m、台石を含むと約8m、
路面からの高さは14mあるとのこと。
西郷隆盛像は、渋谷の「忠犬ハチ公」の製作者でもある彫刻家・安藤照氏が
8年をかけ製作、昭和12年(1937年)銅像が完成したのです。

ハチ公の銅像とほぼ同時に製作にかかっていたので、祖父は、安藤氏のアトリエで

ハチ公を実際に見たかもしれません。

| 西郷隆盛 | 07:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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