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薔薇の世界におけるジョセフィーヌの存在とは?
ナポレオンの王妃ジョセフーヌが世界の薔薇を変えていったことは、
日本ではあまり知られていない。

当時、数十種ほどしかなかった薔薇の原種を掛け合わせ、最終的には

 

250種類もの薔薇を生み出した「薔薇の母」であったことを


 jyo1

そして、それを描き印刷することによって、人々に薔薇のすばらしさを教えたこと・・

統計的に歴史に残す偉業をなしとげたのは「画家ルドゥーテ」あったのだ。

 rudu

  宮廷画家ルドゥーテ
現代薔薇への歩み

 ルネッサンス期を経て、ヨーロッパで薔薇の発展に偉大な貢献を果たしたのは、

ナポレオン一世の第一妃ジョセフィーヌ(Josefine)であった。

 

彼女は1802年にフランス・マルメゾン離宮に広大な薔薇園を造営し、

世界から集めた珍しいバラを栽培した。

 

そのコレクションは250種類にも達し、遺された図譜は後世の薔薇栽培家に貴重な史料となっている。

新種のバラを手に入れるために、ナポレオン戦争(1799‐1815年にわたる欧州征服戦争)の間も、

敵対する英国の薔薇育種家を庇護することさえしたという。
 この薔薇園の園芸主任アンドレ・デュポンが、史上初の人工交雑によって新しい薔薇を作出し、

薔薇園で育った多くの育種家たちも鮮やかな色彩のバラを次々と生み出していった。

 

1867年「ラ・フランス」La France=Gillot Fils作出)の誕生は、モダンローズ時代の幕開けとなった。

剣のように尖った花びらが外側にそり返ったこの薔薇は、ハイブリッド・ティーの元祖とされ、

以後薔薇は四季咲き・大輪・高芯咲きタイプが主流となっていく。

 

ジョセフィーヌは、世界の薔薇の流れを一新したのである。

とりわけ「ラ・フランス」は薔薇の歴史の結節点に姿を現した名花といわれる。

furansu 

我が家の「ラ・フランス」も大きなつぼみをつけて、今にも花を咲かせようとしている。

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