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直江兼続と上杉景勝の故郷 南魚沼を訪ねるNo3「雲洞庵供
「雲洞庵」 

曹洞宗。越後一の寺で約1,200有余年の歴史があります。

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十世、
北高全祝禅師は越後の国主上杉謙信、甲斐の国主武田信玄の禅の師として、

民百姓の迷惑を思われ両雄に川中島で戦うよう図られたり、謙信公に塩を甲斐に送らせる

よう指導。師は後に武田家の菩提寺、龍雲寺の開山となり、以来、
雲洞庵の赤門

龍雲寺の黒門と言われ栄えた。
宝物殿には、両雄の書状等多数展示されています。
また本堂は、室町時代永亨年間上杉憲実公によって建立されたが、後江戸時代

宝永4年(1707)年に再建で豪壮な木組みは深い積雪にも耐えられるように造られて、

県の指定文化財になっています。

往古より越後の国では、
雲洞庵の土踏んだか
「関興庵の味噌なめたか」
と言われ、信仰が大変盛んであった。

それは、諸国の修行者が、この二大禅道場で曹洞宗と臨済宗の禅を学ばなければ一人前の

禅僧とは言えぬ、ということから、互いに言い合ったものと云われております。

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また、赤門より本堂に至る石畳の下に法華経を一石一字ずつしるし、その経石を敷きつめた

ことことから、1年に1度赤門が開かれた時、お参りの善男善女が、その有難さに随喜して

言い合ったのだと云われおります。

 

室町時代永享年間、上杉憲実公によって建立されたのであるが、後江戸時代宝永四年廿四世

によって、再建、間口十四間、奥行十間半、新潟県出雲崎の小黒甚内を棟梁とする大工群に

よって建てられ、近世寺院建築の最もすぐれたものとされ、新潟県の文化財に指定されている。

縄文時代より続く日本海文化の建築の最終到達点のひとつに数えられています。

本尊釈迦牟尼仏、脇侍、迦葉尊者、阿難尊者、十六羅漢を安置。
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| 日本を旅する・新潟 | 07:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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