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直江兼続と上杉景勝の故郷 南魚沼を訪ねるNo2「雲洞庵」
 最初に訪ねた「雲洞庵」
<与六5歳と喜平次10歳>
直江兼続が主君上杉景勝の小姓として幼いころ勉学に励んだ地がここ雲洞庵である。
山の中腹にある大きなお寺であった。
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雲洞庵縁起

今を去る千三百余年、ここ越後の山深き寒村に、一人の旅の尼僧さまが訪れ、

山よりこんこんとわきいずる霊泉で沢山の人々をすくい、庵をむすんですまわれました。
この尼僧さまこそ、藤原家の主藤原房前公の母君であられたのであります。

尼僧さま亡き後、養老元年(西暦七一七年)、薬師如来をたずさえられてこの地を訪れた房前公は、

山を金城山と名付け、母の菩提を弔うため、薬師如来を本尊とする金城山雲洞庵を建立

されたのであります。以来藤原家の尼僧院として律宗に属し、六百年間に渡り栄えたのであります。
以来現代にいたるまで女人成仏の寺として、女の人の参拝信仰がさかんに行われ、

その規模により日本一の庵寺といわれるようになりました。
藤原房前公は父を不比等、祖父を鎌足と言い、

藤原鎌足公は、中大兄皇子(天智天皇)とともに蘇我氏を滅ぼし大化改新を行い、

藤原姓を賜わって、藤原家を開かれたのであります。

その時、この南魚沼地方が、藤原家の荘園として与えられたのです。


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そんな関係から、近在には藤原家ゆかりの地名や、神社仏閣が存在しております。

又、現在に至るまで、房前公の母、千妣尼公の御墓は当庵に祭られ、
遺品類が遺されております。
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中尊寺を建立した藤原氏ゆかりの古刹で、越後一の寺である。

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