東京タワーのアンテナが曲がっているのを見て、広重の「浅草金龍山」を思い出した
kinryu
 

有名な安藤広重の浮世絵「浅草金龍山」、雷門から本堂方面を見て、

右手に浅草寺五重塔の浮世絵である。

(ただし、五重塔は大火で延焼して現在の位置とは異なる)

この五重塔は、安政の大地震により屋根の上の九輪が曲がったのだ。

広重は、その状態の五重塔を描いている。

安政2年(1855年)江戸で起きた安政の大地震の爪あとがこの浮世絵に残された。


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2011年3月11日東日本大震災で東京タワーのアンテナが曲がった写真だが

もし、震源が東北でなく東京直下だったら東京タワーは、折れてしまうかもしれない!

恐ろしい・・・

| 名所江戸百景 | 08:27 | comments(5) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る 21 「駒形堂吾妻橋」

久しぶりの「広重・名所江戸百景」駒形堂吾妻橋である

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昨日書いた、鍬形恵斎(くわがた・けいさい)が描いた「江戸鳥瞰図」、
浅草側から向島の東京スカイツリー方面を観た図がこの「駒形堂吾妻橋」である。


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「吾妻橋」は、安政5年の地図をみると「東橋」と書かれている。

撮影した場所よりもう少し下流に「駒形堂」があった。

駒形堂は、天慶5年(942年)、安房守平公雅の創建、ご本尊は馬頭観音である。

この地は元々、628年に浅草寺のご本尊である観音菩薩を奉安した、

浅草寺草創の地である。

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現在は、その位置から移動され吾妻橋のたもとにある。

| 名所江戸百景 | 07:08 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る粥峅子装束ゑの木大晦日の狐火」

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歌川広重の「王子装束ゑの木大晦日の狐火」


狐がともすという怪火。江戸の王子稲荷の北方にある田んぼの中に大きな榎木があり、

毎年大晦日になると関八州の狐が集まって王子稲荷へ参拝したという。

狐火をともすとおわれ、その火の様子で翌年の吉凶を占ったともいう。


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                                                    飛鳥山の夜は狐火が・・・・・

王子稲荷神社

関東稲荷総社の格式を持ち、江戸時代より庶民に親しまれてきました。

大晦日、稲荷の使いである狐が、近くの榎の下で身なりを整え、この神社に

初詣をするという言い伝えがあります。
 年末には地元の方々の催す「王子狐の行列」が新しい風物詩となっています。

また、毎年2月の午の日に開かれる凧市は、たびたび大火にみまわれた

江戸庶民たちが 「凧は風を切る」として火事除けの縁起をかつぎ、

今なお親しまれています。

ouji 

徳川家康が王子稲荷、王子権現、両社の別当であった金輪寺に宥養上人を

招いて以降、江戸北域にあって存在を大きくした。

『江戸砂子』王子稲荷の条に「狐火おびただし、この火にしたがひて、田畑の

よしあしを所の民うらなふことありといふ。

狐火にわうじ田畑のよしあしを知らんとここに金輪寺かな。年毎に刻限おなじからず、

一時ほどのうちなり。宵にあり、あかつきにありなどして、これを見んために遠方より

来るもの空しく帰ること多し、一夜とどまれば必ず見るといへり」とある。

 

毎年大晦日の夜、諸国のキツネ、社地の東、古榎のあたりにあつまり、

装束をあらためるといい、江戸時代、狐火で有名であった。

 
| 名所江戸百景 | 07:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ここ王子の飛鳥山は渋沢栄一の自宅があった場所である
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「龍馬伝」で岩崎弥太郎については、有名になったが、日本資本主義の父

渋沢栄一については、近年あまり話題にのぼらない。

ここで、日本の企業の礎を造り出した一番の貢献者・渋沢について

少し触れてみよう。

渋沢栄一は、

幕末から大正初期に活躍した日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。

第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に

関わり、日本資本主義の父といわれる。

官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(第一銀行、第一勧業銀行を経て、

現:みずほ銀行)の頭取に就任し、以後は実業界に身を置く。

また、第一国立銀行だけでなく、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。

 

第一国立銀行のほか、東京ガス、東京海上火災保険、

王子製紙(現王子製紙・日本製紙)、秩父セメント(現太平洋セメント)、

帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、キリンビール、

サッポロビール、東洋紡績など、多種多様の企業の設立に関わり、

関わった会社数は500以上といわれている。

 

若い頃は頑迷なナショナリストだったが、「外人土地所有禁止法」(1912年)に

見られる日本移民排斥運動などで日米関係が悪化した際には、対日理解促進の

ためにアメリカの報道機関へ日本のニュースを送る通信社を立案、

これが現在の時事通信社と共同通信社の起源となった。

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渋沢が三井高福・岩崎弥太郎・安田善次郎・住友友純・古河市兵衛・大倉喜八郎

などといった他の明治の財閥創始者と大きく異なる点は、

「渋沢財閥」を作らなかったことにある。

「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通し、後継者の敬三にも

これを固く戒めた。

また、他の財閥当主が軒並み男爵どまりなのに対し、渋沢一人は子爵を授かって

いるのも、そうした公共への奉仕が早くから評価されていたためである。

| 名所江戸百景 | 07:23 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る魁嵌鳥山北の眺望」

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広重江戸百景「飛鳥山北の眺望」

王子音無川の向かい側の高台が「飛鳥山公園」である。


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「飛鳥山公園」の名の通り一帯は小高い丘になっているが、

「飛鳥山」という名前は国土地理院の地形図には記載されておらず、

その標高も正確には測量されていなかった。

北区では、「東京都で一番低い」とされる港区の愛宕山(25.7メートル)よりも

低い山ではないかとして、2006年に測量を行い、実際に愛宕山よりも低いことを

確認したとしている(測量結果は公表していない)。

北区は国土地理院に対し、飛鳥山を地形図に記載するよう要望したが採択されなかった。

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飛鳥山公園

徳川吉宗が享保の改革の一環として整備・造成を行った公園として知られる。

吉宗の治世の当時、江戸近辺の桜の名所は寛永寺程度しかなく、花見の時期は

風紀が乱れた。このため、庶民が安心して花見ができる場所を求めたという。

開放時には、吉宗自ら飛鳥山に宴席を設け、名所としてアピールを行った。

園内に佐久間象山の桜賦碑、老農船津伝次平の碑などがある。

 

王子・飛鳥山を訪ねてここに渋沢栄一記念館があることを知った

 
| 名所江戸百景 | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る押峅子滝の川」

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広重江戸百景「王子滝の川」

音無親水公園は、小平市の東部を源にして隅田川に注ぐ石神井川の旧流路に

整備された公園です。

石神井川は、北区付近では“音無川”と呼ばれ親しまれ、

古くからの春の桜・夏の青楓と滝あび・秋の紅葉など四季の

行楽の名所、景勝の地でした。

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 しかしながら、戦後の経済の復興・発展とともに石神井川も生活排水などで

汚れた川となり、洪水による被害を防ぐ目的で、昭和30年代から始まった

改修工事によって緑の岸辺は厚いコンクリートの下へと消え、典型的な

都市河川となりました。

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この改修工事で、飛鳥山公園の下に2本のトンネルを掘り、石神井川流路の

ショートカットが行われ、残された旧流路に、「かつての渓流を取り戻したい」として

音無親水公園が出来ました。

 音無親水公園は、全国の都市公園の模範たる公園として

“日本の都市公園100選”に選ばれています。

都内では、国営昭和記念公園、日比谷公園、上野公園、水元公園、代々木公園が

選ばれており、園内には記念碑があります。

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| 名所江戸百景 | 07:47 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る院峅子音無川堰棣」
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初めて王子駅でおりた。

車で飛鳥山のあたりを通ることはあったが、王子に行く機会がいままでなく

今回、広重江戸百景の王子音無川堰棣を訪ねて降車した。

王子は、東京の北部に位置し、埼玉方向に行く際に通る駅である。

ここに「音無川」があるのだ。

 

音無川とは、東京都小平市花小金井南町に源を発し、東京都北部を東へ流れて

北区堀船三丁目で隅田川に合流する川で、途中の練馬区では石神井川と呼ばれている。

というか、今では音無川の名が消えている。

源は、小金井カントリー倶楽部西側に発し武蔵関公園の富士見池、石神井公園の

三宝寺池、豊島園池などの湧水や河床からの湧水を合わせ、流量を増してくる。


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石神井川は金沢橋付近(埼京線の上流約200m)から音無橋にかけて

音無渓谷と呼ばれる深い谷となっていた。

現在、渓谷部分はほとんどがコンクリートの垂直護岸となっていて、屈曲部の

直線化や飛鳥山隧道建設などの改修によって流路も大きく変わっている。

直線化の結果残った旧流路の一部は、氷川町つりぼり公園、音無もみじ緑地、

音無さくら緑地などとして整備されている

 

音無川の源流が、先日まで書いていた「野川」の源流国分寺市と小平市にあたり

まさに、武蔵野台地の命の水が、小平から練馬区北区を通り墨田川へ注いでいる。
| 名所江戸百景 | 07:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る亜崛上寺塔赤羽根」

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広重 名所江戸百景「増上寺塔赤羽根」
増上寺は、三縁山六度院と号する浄土宗の関東大本山であった。

徳川家の宗旨が浄土宗であったこともあり、菩提寺に指定されて絶大な

庇護を受けた。そのため、浄土宗の本山の京都知恩院に匹敵する力を持って

いたといわれる。

境内には、壮大な山門、五重塔、鐘楼、将軍の御霊屋などがあり、

その広大さ、壮麗さは、徳川家のもう一つの菩提寺寛永寺(天台宗)と並んでいた。


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この絵は境内南に建てられていた五重塔の上の二層をかすめて、西南の方向を

俯瞰したものである。

 

増上寺の南西の地名が赤羽根であったことから、ここを流れる川を赤羽川、

またこの川に架かる橋を赤羽根橋といった。

この川の上流は渋谷川とも古川ともいい、また下流は新堀川(金杉川)と名を変えて、

芝金杉で海へ注いでいた。

現在も「赤羽橋」としてこの地名は残っている。

 

橋の北の広場では毎朝肴市が立っていた。赤羽根橋を南へ渡った右側に辻番所が

見える。道に沿った長い塀で囲まれた大名屋敷は、九州久留米藩主

有馬中務大輔(なかつかさたいふ)の上屋敷であった。この屋敷は、増上寺警備の

役目を仰せつかっていたので、邸内の岡の上に江戸で一番高い火の見櫓を立てていた。

この屋敷の西北に水天宮があり、そこに白い幟(のぼり)が6本ばかり立っているのが

見える。ここは安産、水難除け、水商売に御利益があるとして、

毎月5日の水天宮参りには大勢の人で賑わったという。

水天宮は明治5年になって人形町へ移転した。

 
| 名所江戸百景 | 07:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る「芝神明増上寺」

金杉橋を渡り浜松町を抜けると芝・増上寺へ繋がる。

広重 名所江戸百景「芝神明増上寺」

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広重の絵は人事・風俗を前面に描き、その背景として朱塗りの大門、

大門から三門にいたる道の右側に連なる塔中の甍、その彼方には

鬱蒼とした樹木のなかに三門と本堂が、また、右手を見ると千木を

頂く特徴のある様式の芝神明宮が描かれている。

対象が図柄的に平凡で、面白い絵が作りにくい場合に、人事・風俗を

前面に描く、これは広重が名所江戸百景で編み出した新機軸ではないだろうか。


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徳川家菩提寺「増上寺」

増上寺は、明徳四年(1393年)、浄土宗第八祖西誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人

によって開かれました。
場所は武蔵国豊島郷貝塚、現在の千代田区平河町から麹町にかけての土地と

伝えられています。
室町時代の開山から戦国時代にかけて、増上寺は浄土宗の東国の要として

発展していきます。

徳川家の菩提寺として

安土桃山時代、徳川家康公が関東の地を治めるようになってまもなく、

徳川家の菩提寺として増上寺が選ばれました(天正十八年、1590年)

家康公がときの住職源誉存応(げんよぞんのう)上人に深く帰依したため、

と伝えられています。
慶長三年(1598年)には、現在の芝の地に移転。江戸幕府の成立後には、

家康公の手厚い保護もあり、増上寺の寺運は大隆盛へと向かって行きました。

三解脱門(さんげだつもん)、経蔵、大殿の建立、三大蔵経の寄進などがあいつぎ、

朝廷からは存応上人へ「普光観智国師」号の下賜と常紫衣(じょうしえ)の勅許もありました。

家康公は元和二年(1616年)増上寺にて葬儀を行うようにとの遺言を残し、
75歳で歿しました。

増上寺には、二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、
十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられています。
墓所には各公の正室と側室の墓ももうけられていますが、その中には篤姫や
家茂公正室で
悲劇の皇女として知られる静寛院和宮も含まれています。

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家康公の墓所は日光東照宮だったと思います。

 
| 名所江戸百景 | 07:54 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
古くて新しい東京新発見!広重江戸百景を巡る「金杉橋芝浦」
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シンフォニー上船場の日の出埠頭から徒歩で近い場所に金杉橋がある

広重は、約150年前、金杉橋を、橋の南西側から眺め

広重 名所江戸百景「金杉橋芝浦」を描きました。

 

この絵(版画)で、近景には金杉橋と、そこを渡る人々、中景には浜松町の

海岸、遠景には東京湾に浮かぶ帆掛け舟と対岸には築地の街並みと

築地本願寺の高い屋根が描かれています。

橋を渡る人々は、池上本門寺の御会式(おえしき)に向かう講のご一行です。

この絵では、金杉橋が架かっている古川の川面や河口の景色が広がっています
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現在では、高速道路の下になり、屋形船の停泊場のようになった寂しいところです。

金杉橋を通り、浜松町駅に抜けます。

| 名所江戸百景 | 07:05 | comments(9) | trackbacks(0) | pookmark |

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