雑誌「Pen 10月1日号」に「美しい文房具」が特集されていた
pen
 

思わず手に取りたくなる、

美しい文房具。

いつの時代でも人が手に触れ、扱う道具というものは、

使い込むほどに味わいを増し、愛着も湧いてくる。

中でも文房具やステーショナリーと呼ばれる品は格別だ。

ライフスタイルにひとつ加わるだけで悦びを感じ、

豊かな気分にさせてくれる、温かきアイテムたち。

デジタルデバイスを駆使する現代だからこそ、

まるで時代を逆行するようなアナログ的なツールに、

われわれは強く惹かれるのかもしれない。

           ― Penの34ページよりー


pen1
 

私も文房具が好きである。文章を書くのは、今でも万年筆を使う。

もちろんパソコンでwordで直接打つ場合もあるが、凝った文章は

やはり万年筆で紙に書くほうがいい。


Penに紹介されているなかでカランダッシュのボールペンが出ていたが

同じものを私も昔から愛用している。

愛用している万年筆は、やはりモンブラン、パーカーが主体となる。

ペリカン、パイロットも持っているが。

手帳は、前はファイロファックスだったが、今は、モレスキーを使っている。

万年筆、ボールペン、手帳は、男にとって剣(つるぎ)のようなものである。

| 用の美 | 07:31 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
柳宗悦の交友

柳宗悦は、文化的価値を無意味にランクづけることなく捉える独自の審美眼を持ち、

次々と新しい美を発見し、しかもその美の由来を宗教的深さをもって

理論的に解明した。

その契機となったのは、W.ホイットマンの思想であり、バーナード・リーチとの

交友であったといわれている。

 

無名の工人の生み出す日常的で健康な美に目を向け、日本の文化的価値を

見直す中で、1926年浜田庄司、河井寛次郎らと民芸運動を起こし、

理論の確立と運動の実践に努める。

1936(昭和11)年日本民芸館を設立し館長に就任。

1931年雑誌「工芸」を創刊、近代化の過程で消滅しつつあった地方の手仕事を

保護・育成。生涯にわたる思想と行動は、異文化共存の重要性を示唆するものである。


yanagi6
 

この写真は、日本民藝館でのお茶会のスナップであるが

柳の隣には棟方志功、河井寛次郎、息子の柳宗理、浜田庄司が並んでいる。

棟方志功のお茶会というのは不思議な気もする。


bata
 

宗悦の長男であり、日本民藝館館長もつとめたプロダクトデザイナー・柳宗理

のバタフライチェアーは、名品である。

 
| 用の美 | 07:36 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「民藝」を日本人に認識させた「柳 宗悦」についてもう少し紹介します

柳 宗悦は

海軍少将を父親に持ち、学習院初等科から中等科、高等科へと進み、

この間、後の『白樺』の主要メンバー、上級生の志賀直哉、武者小路実篤、

木下利玄、里見らと出会い、明治四十三年(1910)の創刊の『白樺』

同人として参加。

同年、東京帝国大学文科大学哲学科に進み、その頃から西洋の芸術に関心を持ち、

ハインリッヒ・フォーゲラー、ロダン、ホイットマン、ウイリアム・ブレイクに

関する論文を『白樺』に発表していった。

ある時友人からいただいた朝鮮の雑器である小品に「美」を見出した。

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柳宗悦は名も無き工人、貧しき民衆が作り出した工藝を〈野に咲く花〉と言った。

野に咲く花は野にあってこそ美しいのではないか。

柳宗悦は、工藝は廉価でなくてはならぬと言う。

 

柳宗悦は、1916年(大正5)以降たびたび朝鮮半島に渡る。

そこで柳の心をとらえたものは、仏像や陶磁器などのすぐれた造形美術の

世界であった。そして、その美しさに魅了された柳は、それを生み出した

朝鮮の人々に対し、かぎりない敬愛の心を寄せることとなる。

柳は、日本の朝鮮政策を批判する文章を発表する一方、1924年(大正13)には、

日本民藝館の原点とでもいうべき「朝鮮民族美術館」をソウルに開設する。


koria

そこに陳列された品物の多くは李朝時代の無名の職人によって作られた

民衆の日用雑器で、それまで誰ひとりその美的価値を顧みるものはいなかった。

しかし、柳はその美をいちはやく評価し、民衆の生活に厚く交わる工芸品の

なかに、驚くべき美の姿があることを発見したのであった。

李朝工芸との出合いによって開眼された柳の目は、自国日本へと向けられていく。
まず、柳の目を引きつけたものは、
木喰上人という遊行僧の手になる木彫仏であった。

yanagi

 

木喰仏と呼ばれるこの江戸時代の民間仏の発見をひとつの契機として、

柳の目は民衆の伝統的生活のなかに深く注がれ、そこに息づくすぐれた工芸品の

数々を発見していった。

 

民衆の暮らしのなかから生まれた美の世界。その価値を人々に紹介しようと、

「民藝」という言葉を作ったのは1925年(大正14)のことであった。

 
| 用の美 | 07:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
松屋銀座で開催されている「柳 宗悦展」に行ってきた
没後50年・日本民藝館開館75周年
柳 宗悦展 −暮らしへの眼差し−

 
yanagi
 

柳 宗悦の蒐集した陶磁器や染織品、木漆工品、絵画などの逸品を中心に、

民藝運動の同人の作品、三代目館長柳宗理のプロダクト作品と蒐集品など

200点、また宗悦自身の筆になる書軸や原稿、私家本や写真など

関係資料約150点の展示。

 yanagi2

私が「日本民藝館」を訪れたのは、今から20年ほど前である。

そのとき柳 宗悦氏の「民藝」という運動に感動したことを思い出す。

 

柳 宗悦(やなぎ むねよし/通称 そうえつ)(1889−1961)
1910年学習院高等学科卒業の頃に文芸雑誌『白樺』の創刊に参加。

1913年に東京帝国大学哲学科を卒業後、朝鮮陶磁器の美しさに魅了され、

朝鮮の人々に敬愛の心を寄せる一方、無名の職人が作る民衆の日常品に

美に眼を開かれた。

1925年に民衆的工芸品の美を称揚するために「民藝」の新語を作り、

1936年、日本民藝館が開設されると初代館長に就任。

以後ここを拠点に、数々の展覧会や各地への工芸調査や蒐集の旅、

旺盛な執筆活動などを展開していった。1957年には文化功労者に選ばれた。

| 用の美 | 07:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「Pen」創刊記念にいただいたパーカー万年筆を愛用している
使い込んだクラシックな時計が好きである。

また、パソコンだけでなく、今でも万年筆をよく使う

特に書きやすく気に入っているのが、雑誌Pen」の創刊記念に

いただいた「パーカー」の万年筆である。

キャップ横に「Pen Magazine」と刻印されている。

pen 

1998年に月刊誌「ギリー」が「Pen」として生まれ変わり創刊された。

出版社はサントリーの子会社「TBSブリタニカ」でした。

TBSブリタニカはその後、親会社がサントリーから阪急グループに移ったことで

現在は「阪急コミニュケーションズ」となっているがメンバーは同じである。

当時の担当であった西川氏から、創刊記念に万年筆(Pen)をいただいたのが

このパーカーである。彼は今や部長である。

pen1 

この万年筆が実に使いやすい。ほとんど毎日使用しているため、なおさら

私の癖を会得しているかのようである。

万年筆についていえば、これ以外に「モンブラン・マイスターシュテュック149」も

持っている。

ペリカンの記念モデル「EXPO2000ネイチャー」や、同じくパーカーの

「75 スターリングシルバー」なども持っているが、慣れているPen先の

Pen パーカー」が一番すきである。短文はパソコンに直接入力していくが

企画書など考えながら立案していくのは、書かないとまとまっこない。

そのため、Pen万年筆は私の大切な相棒なのである。

pen2 

雑誌「Pen」はもちろん愛読書で、月2回刊とも必ず読んでいる。

| 用の美 | 07:25 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
中国・楊州で求めた色絵茶碗
cyaki 

5つの飯茶碗をご紹介しましたが、まだ数点江戸から明治時代に使われた

飯茶碗を持っております。

しかし、グルニエにしまってあるので前に写した写真だけをご紹介しておきます。


cyaki6
 

飯茶碗ではないのですが、中国の楊州で買い求めた茶碗を紹介します。

楊州は、南京から車で2時間ほどの古い街で、鑑真和上の故郷です。

cyaki1 


たぶん茶器だと思いますが、その繊細な磁器と絵の色使いに惚れ

壊れ物ですがカバンに詰めて手持ちで日本に持ち帰った生活雑器です。

イナゴと美しい花を描いた素敵なフォルムの茶碗です。

時代は、清朝光緒、100年以上前の品物です。

cyaki2cyaki3 

蓋で茶葉を押さえながら、新茶(ウーロン茶or 龍井茶)をいただくのです。

私はうまく飲めないですが、中国の方は片手で蓋を押さえながら

上手に飲むのです。

| 用の美 | 07:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古い生活雑器「飯茶碗」 No5 大正時代のモダーンな飯茶碗
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現代でも通用する飯茶碗。藍1色で、このようにモダーンな柄を描くことは

今の画家でもなかなか発想できない素敵な絵柄だ。

ちょっと小ぶりな飯茶碗は、現代人向けといえよう。

たまに炊きたての、こしひかりをこの茶碗でいただくと

よけいに美味しく感じるのは、気のせいだろうか・・・

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| 用の美 | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古い生活雑器「飯茶碗」 No4 明治印判の鯉の絵柄飯茶碗
cya3
 

これこそ生活雑器といえる普段に使われた飯茶碗である。

型紙で絵柄の鯉と波をプリントした茶碗で、時代は、明治だと思う。

最近は、シンプル食器が多く、このようないきいきした絵柄を

描いた食器を見ることはすくなくなってしまった。

cya

| 用の美 | 07:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古い生活雑器「飯茶碗」 No3 中国古染付茶碗「寿花碗」

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南京へ行ったときに手に入れた飯茶碗(たぶん)「寿花碗」

絵柄が面白く買い求めたものであるが、獅子舞の絵と

お祭りに際する、花を飾る花器を描いた絵柄である。

時代は、中国での光緒(1875年〜1908年)

西大后の時代のものである。

100年以上前の生活雑器であるが、楽しめる。

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| 用の美 | 07:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
古い生活雑器「飯茶碗」 No2 伊万里、家紋を描いた飯茶碗


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家紋であろうか、うまくデザインされている。

裏の口絵に伊万里の代表的な 「角福」が描かれている。


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蛸唐草の茶碗に似た形で、持ったときの重量感を感じられる

これも江戸後期から明治のものと思うが、やはり当時は

1汁、1菜 とシンプルな食事であったが

主食のお米だけはしっかりとったのであろう大振りな器である。

 
| 用の美 | 07:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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