「トルコ10日間の旅」日記27 イスタンブール
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イスタンブールはアジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがる都市です。

その中心を貫くボスポラス海峡は、黒海、マルマラ海、そして金角湾に
注ぎ込んでいます。
イスタンブールは、かつてローマ帝国、ビザンティン帝国、オスマン帝国という
3つの大帝国の首都でした。これは、今もイスタンブールの誇りです。
また、イスタンブールは輝かしい未来が期待される一方、過去の遺産も数多く
残しています。

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実際、イスタンブールを訪れる人々を魅了するのは、その多彩さです。

博物館、教会、宮殿、偉大なるモスク、バザール(市場)、美しい自然など、
見どころに尽きません。

top

夕暮れ時、ボスポラス海峡の岸辺にたたずみ、対岸に見える家々の窓辺を

夕陽が赤々と染めていく光景をじっと眺めていると、何世紀も前に人々が
なぜこの非凡な地を選んで定住したのかが、心の底から理解できることでしょう。

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こんな時、人はイスタンブールが世界でも最も素晴らしい都市の一つだと実感するのです。
あらためて、次回はゆっくり、イスタンブールに滞在しようと思いながら・・・
 
| 世界の旅・トルコ | 07:25 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記26イスタンブール
紀元前7世紀頃、このイスタンブル旧市街地区に最初の都市をつくったのは
ギリシャ人入植者たちで、彼らの建てたビザンティンは旧市街のある半島の
先端にありました。
最古の城壁は、遺跡公園地区の北部、現在のトプカプ宮殿の城壁に
アヤソフィアのあたりを加えた程度の広さしかなかったのです。
 
古代ギリシャが古代ローマに組み込まれると、ビザンティンもローマの都市となり、
3世紀には城壁のすぐ側にヒッポドローム(競馬場)が建設されました。
 
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330年、ローマ帝国のコンスタンティヌス1世はローマに代わる首都として
ここビザンティンを選び、コンスタンチノーブルと改名しました。
ローマ帝国の首都となったのです。
 
そして、従来の城壁の2km西にコンスタンティヌスの城壁が築かれ、市域を大幅に
拡張してローマに匹敵する大都市を建設しました。
同じ世紀の末にはローマ帝国が東西分裂することになり、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)
の首都となり、ヴァレンス水道橋(378年完成)やハギア・ソフィア大聖堂(537年竣工)
などの、現存する優れた建造物が次々に建設されました。

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413年にはテオドシウスの城壁が完成、市域をコンスタンティヌスの城壁から

さらに西に2km伸ばし、堅固な城壁と海によって囲まれ、壮麗な宮殿と数百にも
及ぶ教会が立ち並ぶ大都市コンスタンチノーブルが完成する。
 
その人口は東ローマ帝国の盛衰にともなって上下するが、大城壁の堅い守りによって、
1204年の十字軍による攻略まで外敵による占領を受けることはなかった。

1453年オスマン帝国によるコンスタンチノーブル陥落によって

東ローマ帝国が最終的に滅ぶと、新たな支配者であるオスマン帝国は、
イスタンブールと改名

ハギア・ソフィア大聖堂やパントクラトール修道院付属教会、城壁近くの
コーラ修道院などのキリスト教の教会をモスクに転用しました。

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このとき、モザイクの壁画は漆喰に塗りこめられたので、かえって20世紀に漆喰が

はがされるまで無事に保存されることになったのです。

上の写真は、アヤ・ソフィア聖堂内2階で写した「キリスト、聖母、ヨハネ」の肖像である。
このように、イスラム寺院に漆喰で塗りこめられていたのです。
| 世界の旅・トルコ | 07:23 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記25イスタンブール

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トルコ最終滞在地が、イスタンブールでした。

最も有名なこの街ですが、首都ではないのです。(首都は、内陸部のアンカラです)

 

世界で唯一ヨーロッパとアジアにまたがる街で、東西文化の懸け橋ともいわれます。

その地理的な特異性から、3つの帝国の首都となった歴史をもち、西洋と東洋が

入り混じった独特の雰囲気が漂っている。

 

紀元前7世紀ごろ築かれたビザンチンという名の古代都市がこの街の起源で、

1世紀ごろにローマ帝国が都をこの地に建設し、コンスタンチノープルと改名。

395年に東ローマ帝国の支配下に入るも、その都として1000年の歴史を刻んだ。

1453年にはオスマン・トルコの都となり、その名がイスタンブール
(=永遠の都)となりました。

 

| 世界の旅・トルコ | 07:21 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記24サフランボル

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13世紀には、サフランボルは、交易の中心として発展を遂げました。

サフランボルに現存する建築物群であるモスク、浴場、スレイマン・パシャのマドラサは、

1322年に建設されました。

サフランボルの栄華の頂点は、17世紀でした。


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市場が現地の住居よりも優先されて拡張される一方で、60室のゲストルームが

ある宿屋、コプルル・モスク、イツレット・モスクといった建築物が17世紀から

18世紀にかけて建設されました。

また、オスマン建築に基づいて、建設された住居が当時の姿のまま建設されたのも

この時期だそうです。


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商店街もむかしのまま、タイムスリップしたようです。

 
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鉄道の発展により、鉄道の路線から外れたサフランボルは、

20世紀には、衰退の一途をたどることとなったのです。

その結果、逆に昔の街並みがみごとに保存されることになったのです。

 
| 世界の旅・トルコ | 07:51 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記23サフランボル
世界遺産の街「サフランボル」
トルコの首都アンカラからおよそ北200キロメートルに位置。
町の歴史は11世紀に遡ります。
1994年、UNESCOの世界遺産に「サフランボル市街」の名で登録。

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サフランボルの名前の由来は、香料サフランの集積地として発展した歴史に
あります(ギリシア語名はサフラムポリス、Saframpolis, Σαφραμπολις)。
サフランボルには、先史時代の遺跡及びローマ時代の墓や橋梁も現存していますが、
歴史の表舞台に立ったのは、11世紀以降でした。
 
世界遺産に登録されているサフランボル旧市街は、乾燥した峡谷に位置しており、
旧市街は、旧市街の約2km東に位置している。
サフランボル旧市街には、多くの古い建築物が保存されています。
私立の博物館が1つ、25のモスク、5つの霊園、8つの歴史的な噴水、
5つのトルコ式浴場、3つの隊商宿(キャラバンサライ)、1つの歴史的な時計等、
1つの日時計及び数百に上るイスラーム建築によって建設された住居である。
 
この市街地にあるホテルに1泊しました。
懐かしさを感じさせる美しい街である
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| 世界の旅・トルコ | 07:19 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記22カッパドキア
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オルタヒサール
 
オルタヒサールの町で見逃せないのは、かつて戦略的に重要だった
オルタヒサール要塞です。
オルタヒサールとは「中央の要塞」という意味で、その名のとおり町の中央広場に
聳え立ち、地元民から「シブリカヤ」という名で親しまれています。
カッパドキア地方特有の建築性が要塞の土台周辺に色濃くあらわれています。
要塞はローマ・ビザンチン時代にキリスト教徒の隠れ家として使われていました。
 
| 世界の旅・トルコ | 07:23 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記 21カッパドキア

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ローズバレー

四輪駆動のレンジローバーでないと走れない道を回り、

絶景ポイントに。

夕陽に染まると薔薇色に岩肌が染まる。

この日は天気が悪かったので、薔薇色は見れなかったが

雄大な景色に感動であった。

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| 世界の旅・トルコ | 07:05 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記乾ッパドキア
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パシャパー
3本のキノコが生えているような形の大きな岩で有名。
柱のように立つ「妖精の煙突」が何本も並んでいる。

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パシャバーは1本の岩柱のてっぺんに帽子をかぶせたように頭部が2つ、3つと載った
一風変わった奇岩が林立するところだ。
聖シオン(紀元390年から459年)が独居房にして隠居生活をしていた。
 
| 世界の旅・トルコ | 12:01 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記灰ッパドキア
ギョレメ野外博物館
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カッパドキアでは4世紀ごろから多くのキリスト教徒が住むようになっていたが、
9世紀頃から強まったイスラムの圧迫から逃れる為、岩を掘って教会や
修道院を造った。 
その中心となった場所がギョレメでかつては400〜500もの教会があったという。
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現在は約30の教会が野外博物館として公開されている。 
幾つかの教会には多色のフレスコ画を見ることができる。
思っていた以上に規模が大きく驚かされた。
 
| 世界の旅・トルコ | 07:46 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
「トルコ10日間の旅」日記殴ッパドキア

いよいよ「カッパドキア」である。


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トルコ、中央アナトリア地区にあるカッパドキアは、平均海抜 1,200mの

高地に広がる広大で、奇妙な台地である。

まるで地面から生まれ出たような奇岩と地形で覆われ、おとぎ話の世界に

迷い込んだような光景である。

 

この地形の歴史は地球の新世紀時代第3紀と呼ばれた 6000万年前に遡る。

アナトリア南部に連なるタウロス山脈が深い亀裂を生じ、地質が高く持ち上げられた時

この一帯は盛んな噴火活動を繰り返し、地下のマグマが地表に流れ出た。

このマグマの噴出しが、エルジェス山(3916m)やハサン山(3268m)である。


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両火山は、更におよそ100万年に渡って噴火活動を続け、膨大な量の火山灰や

火山礫、溶岩がカッパドキア一帯に撒き散らされた。それが何層のも固まり凝灰岩や

玄武岩として壮大な岩肌の台地が形成された。

そして何百万年もかけて侵食されて不思議な台地が創られたのだ。

 
| 世界の旅・トルコ | 07:05 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

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