女優原節子が出演した映画リスト
ここで原節子の出演した映画を調べてみました
 
『ためらふ勿れ若人よ』(田口哲監督、1935年) 節子
『深夜の太陽』(倉田文人監督、1935年) 君江
『魂を投げろ』(田口哲監督、1935年)女学生(現存する最古の原節子作品とされる。
『緑の地平線』前篇(阿部豊監督、1935年)ゆかり (原節子初のトーキー作品)
『緑の地平線』後篇(阿部豊監督、1935年)ゆかり
『白衣の佳人』(阿部豊 監督、1936年) 由紀子

『河内山宗俊』(山中貞雄監督、1936年)お浪
『嫁入り前の娘達』(吉村廉監督、1936年) 杉浦美枝子
『生命の冠』(内田吐夢監督、1936年) 有村絢子
『丹下左膳 日光の巻』(渡辺邦男監督、1936年) おまつ
『検事とその妹』(渡辺邦男監督、1937年) 明子
『新しき土』(アーノルド・ファンク監督、1937年)大和光子
『東海美女伝』(石田民三監督、1937年) お由利
『母の曲』前編(山本薩夫監督、1937年) 桂子 (原作は吉屋信子)
『母の曲』後編(山本薩夫監督、1937年) 桂子
『巨人伝』(伊丹万作 監督、1938年)千代 (主演は大河内伝次郎、『レ・ミゼラブル』の翻案。)
『田園交響楽』(山本薩夫監督、1938年)雪子 (アンドレ・ジッドの同名作の翻案。)
『将軍の孫』(渡辺邦男監督、1938年) 笹野南枝
『冬の宿』(豊田四郎 監督、1938年) 三宅和子
『美はしき出発』(山本薩夫監督、1939年) 都美子
『忠臣蔵』前後編(滝沢英輔、山本嘉次郎監督、1939年) おてる
『上海陸戦隊』(熊谷久虎監督、1939年)明珠 (義兄熊谷久虎の作品への初出演)
』(山本薩夫 監督、1939年)苑生
『女の教室』前編(学校の巻・七つの俤)(阿部豊監督、1939年) 陳鳳英
『女の教室』前編 中後編 (阿部豊監督、1939年) 陳鳳英
『東京の女性』(伏水修監督、1939年)君塚節子
『光と影』前後編(島津保次郎監督、1940年) 桂佐保子
『東遊記』(大谷俊夫 監督、1940年) 女優 (満州映画協会と東宝映画の提携作品。)
『嫁ぐ日まで』(島津保次郎監督、1940年)生方好子
『蛇姫様』第一編(衣笠貞之助監督、1940年)琴姫
『女の街』(今井正 監督、1940年)いね子
『二人の世界』(島津保次郎監督、1940年)さち子
『姉妹の約束』(山本薩夫監督、1940年) 幸子
『兄の花嫁』(島津保次郎監督、1941年)原田昌子
『大いなる感情』(藤田潤一監督、1941年)高田篤子
『結婚の生態』(今井正監督、1941年)中村春子
『指導物語』(熊谷久虎監督、1941年)瀬木邦子
『希望の青空』(山本嘉次郎監督、1942年)千鶴子
『青春の気流』(伏水修監督、1942年)槙子(脚色は黒澤明)
『若い先生』(佐藤武 監督、1942年)平山富美子
『緑の大地』(島津保次郎監督、1942年)上野初枝
『母の地図』(島津保次郎監督、1942年)岸桐江
『ハワイ・マレー沖海戦』(山本嘉次郎監督、1942年)立花きく子
『阿片戦争』(マキノ正博監督、1943年) 愛蘭
『望楼の決死隊』(今井正監督、1943年)高津由子
『若き日の歓び』(佐藤武監督、1943年)穂積泰子
『決戦の大空へ』(渡辺邦男監督、1943年)村松杉枝
『熱風』(山本薩夫 監督、1943年)平沼久美子
『怒りの海』(今井正 監督、1944年)平賀光子 
『勝利の日まで』(成瀬巳喜男監督、1945年) 
『北の三人』(佐伯清 監督、1945年) 
『緑の故郷』(渡辺邦男監督、1946年) 栗山マキ
『麗人』(渡辺邦男 監督、1946年) 菊小路圭子
『わが青春に悔なし』(黒澤明監督、1946年)八木原幸枝
『かけ出し時代』(佐伯清監督、1947年) 智田美也子
『安城家の舞踏会』(吉村公三郎監督、1947年)
『女だけの夜』(倉田文人監督、1947年) 由利しげ子
『三本指の男』(松田定次監督、1947年)白木静子
『誘惑』(吉村公三郎 監督、1948年)孝子
『時の貞操』前編 (吉村廉監督、1948年)森しづ江 
『時の貞操』後編(吉村廉監督、1948年)森しづ江
『颱風圏の女』(大庭秀雄 監督、1948年)佐藤久里子
『幸福の限界』(木村恵吾監督、1948年)高松由岐子
『殿様ホテル』(倉田文人監督、1949年)長岡アキ
『お嬢さん乾杯』(木下惠介 監督、1949年)池田恭子 (原節子唯一の
木下惠介監督作品。)

『青い山脈』(今井正 監督、1949年)島崎雪子
『続青い山脈』(今井正監督、1949年)島崎雪子
『晩春』(小津安二郎 監督、1949年)紀子 (初の小津安二郎監督作品。)
『白雪先生と子供たち』(吉原廉監督、1950年)雨宮加代子
『女医の診察室』(吉村廉監督、1950年)田島文子
『野生』(沢村勉 監督、1950年)ユキ (沢村勉監督の第一回監督作品。)
『七色の花』(春原政久監督、1950年)柏木照子
『白痴』(黒澤明 監督、1951年)那須妙子
『麦秋』(小津安二郎 監督、1951年)間宮紀子
『めし』(成瀬巳喜男 監督、1951年)妻・三千代 (本作は1951年度の日本映画
文化賞作品賞、世界映画社賞作品賞、毎日日本映画コンクール日本映画賞
(『麦秋』との共同受賞)など多くの賞を得る。)
『風ふたたび』(豊田四郎監督、1952年)久松香菜江
『東京の恋人』(千葉泰樹監督、1952年)ユキ
『恋の風雲児』(山本嘉次郎監督、1953年)雪子
『白魚』(熊谷虎久 監督、1953年)上村幸子
『東京物語』(小津安二郎 監督、1953年)紀子 
(小津安二郎監督の代表作にして原節子の代表作。)
『山の音』(成瀬巳喜男 監督、1954年)尾形菊子 (川端康成原作作品。)
『ノンちゃん雲に乗る』(倉田文人監督、1955年)お母さん
『美しき母』(熊谷虎久監督、1955年)光代
『驟雨』(成瀬巳喜男 監督、1956年)並木文子
『愛情の決算』(佐分利信監督、1956年)勝子
『婚約三羽烏』(杉江敏男監督、1956年)松川女史 (原節子初のカラー作品。)
『女因と共に』(久松静児監督、1956年)杉山保安課長
『兄とその妹』(島津保次郎 監督, 1956年) 妻・あき子
『大番』(千葉泰樹 監督、1957年)森可奈子
『東京暮色』(小津安二郎 監督、1957年)沼田孝子
『智恵子抄』(熊谷久虎監督、1957年)智恵子(高村光太郎の同名詩集を基にした作品。)
『続大番 風雲編』(千葉泰樹監督、1957年)森可奈子
『最後の脱走』(谷口千吉監督、1957年)看護婦・とみ子 (初のワイドスクリーン作品。)
『続々大番 怒涛編』(千葉泰樹監督、1957年)森可奈子
『女であること』(川島雄三監督、1958年)佐山市子
『東京の休日』(山本嘉次郎監督、1958年)ファッション協会理事長
『大番 完結編』(千葉泰樹監督、1958年)森可奈子
『女ごころ』(丸山誠治監督、1959年)伊曽子
『日本誕生』(稲垣浩 監督、1959年)天照大神(アマテラス大神)
『路傍の石』(久松静児監督、1960年)吾一少年の母
『娘・妻・母』(成瀬巳喜男 監督、1960年)曽我早苗
『ふんどし医者』(稲垣浩監督、1960年)蘭方医の妻・いく
『秋日和』(小津安二郎 監督、1960年)三輪秋子
『慕情の人』(丸山誠治監督、1961年)三浦聡子
『小早川家の秋』(小津安二郎監督、1961年)小早川秋子
『娘と私』(堀川弘通 監督、1962年)千鶴子 (獅子文六の自伝の映画化。)
『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(稲垣浩監督、1962年)大石内蔵助の妻りく 
(原節子最後の出演作品。)
映画から引退したとき彼女は、まだ42歳であった。

 
| 映画 | 07:56 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
原節子のデビュー作品「新しい土」について
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DVDを持っているので再度見直した。

1937年の作品である。
もちろんモノクロで、第2次世界大戦前の映画である。
「新しき土」とは満州のことを指している。
 
ドイツ語版のタイトルは「Die Tochter des Samurai」(『侍の娘』)である。
ドイツ映画の巨匠アーノルド・ファンクと日本の伊丹万作の共同監督で制作が
計画されたが、文化的背景の違いから両監督の対立となり、同タイトルで
ファンク版と伊丹版の2本のフィルムが撮影されたのだそうだ。
私が持っているのは、ファンク版である。
 
物語は
ドイツに留学していたエリート青年輝雄(小杉勇)は、
婚約者 光子(原節子)がまちわびる日本に帰国した。
彼は恩人(光子の父=早川雪洲)である旧家の婿養子になる封建的な結婚に
強い反発を覚えていた。

婚約者は彼が帰国する船中で知り合ったドイツ人の女性ジャーナリストと
親しくするのをみて、悲しみのあまり花嫁衣裳を抱いて、活火山の火口へ
投身自殺を図ろうとする。
 
 
着物のままで活火山へ登っていき、火口に投身自殺するというシナリオは
まったく無理があるが、それを撮影してしまうというのが凄い!
 
多分「焼岳」の火口付近の映像なのだろうが、俳優陣の苦労は大変だったと思う。
アーノルド・ファンクがいくら山岳映画の巨匠だとしても、また日本が火山国で
あるとしてもこの自殺の設定は?????
 
| 映画 | 07:38 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
当時、原節子さんの土地を購入したのは、電力中央研究所だった
 

1994年その売却価格は、14億円だったといわれている。

土地の広さは、六百坪と広大であった。

この年の長者番付(100位以内)75位に原節子さんの名前がある。
私が狛江に越してきたのは、1990年なので、この次点ではまだ原節子さんの

土地であった。


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最近までそのままであったが、今は、マンションが2棟建てられている。

電力中央研究所は、東北大震災、福島第1原発事故で大きな被害を出した

東京電力が母体となっているため、東電はこの施設を閉鎖することにしている。

(神奈川にある他の電研施設と統合される)

そのため、現在大手デベロッパーによるマンション建設が進んでおり、10月に

137邸の大きなマンション(三菱地所レジデンス)が建てられすでに売り出されている。

(ここは、以前電力中央研究所のテニスコートがあった場所である。それだけで

これほど大きなマンションが建てられるのである)

話が、それてしまいました。

明日、原節子さんの最初の出演作品「新しい土」について書きます。

| 映画 | 07:35 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
原節子さんのご冥福をお祈りいたします
2013年に原節子さんについて、このブログに何度か書いていましたので
ご冥福をお祈りする意味をこめて、再度加筆して原節子さんの出演映画を
追ってみようと思います。

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まず、私が原節子さんをなんとなく身近に感じたのは、原節子さんが私の住む
狛江市岩戸北の住人であったということです。
もちろん、お会いしたことはありませんが、まさにお隣さんだったことで
改めて、何作品かDVDで観てみようと思い立ったのが始まりでした
 
1994年まで原節子さんは、狛江の土地を所有していました。
ご本人は、1964年秋に、狛江の自宅を引き払い、鎌倉浄明寺の姉夫婦のもとへ
引っ越されています。
1963年に42歳で突然、映画界から引退した翌年のことでした。
 
1994年以降、この土地は電力中央研究所社宅になっていたとのことだと聞いています。
我が家の横が、まさに電研社宅だったのです。
 
ある本に
「原節子は、保土ヶ谷を離れ、北多摩郡狛江村岩戸1278、小田急の
喜多見駅から10分のところに、芝生と池と石灯籠のある庭の瀟洒な和風の家に
1948年の初春に移っている。」と書かれていた。
たぶん、和風建築で広い庭をもつ素敵な家だったと推察される。
現在の東京都狛江市は、北多摩郡狛江村だったのですね。
そういえば最近まで近くの旧家の表札に、北多摩郡の地名が書かれていました。
 
| 映画 | 07:17 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
9月5日に日本の大女優「原節子」さんが死去していた

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何故か私は9月に「紀子三部作」が気になって、「東京物語」と

「晩春」の2作品をDVDで見直していた。

以前から、私が住んでいる狛江市に原節子さんが住んでいたこともあり、

ほとんどの作品はDVDで観ている。

魅力的な女優さんで、狛江の後に住んだ鎌倉のお兄さんの家にも訪ねたこともある。

昭和の大スター、元女優の原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=

あいだ・まさえ)さんが9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で死去した

ことが11月25日分かった。

95歳。横浜市出身。

1963年(昭38)の映画出演を最後に表舞台には出ず、その後の生活は

ほとんど知られていなかった。

 

原さんは1920年(大9)6月17日生まれ。実家の生活苦のため、

女学校を中退し、35年(昭10)に日活多摩川撮影所に入社。

同年の映画「ためらふ勿れ若人よ」でデビュー。

役名「節子」をそのまま芸名にし「原節子」となったという。

日本とドイツが急接近しつつあった37年、ドイツのアーノルド・ファンク監督

による初の日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜てきされると、

日本人離れした容姿は国内だけでなく外国でも話題となり、一気にスターとなった。

 

その後東宝へ移籍。戦時中は「ハワイ・マレー沖海戦」、「決戦の大空へ」、

「勝利の日まで」など戦意高揚映画に数多く出演した。

 

戦後も化粧品会社のカラーポスターで暗い世相を明るくすると、黒澤明監督の

戦後初の作品「わが青春に悔なし」に出演。

47年には東宝を離れフリーとなる。「安城家の舞踏会」「青い山脈」

「お嬢さん乾杯」など戦後を代表する作品に出たが、

49年に初めて小津安二郎監督と組んだ「晩春」に出演。

61年の「小早川家の秋」まで小津作品に計6本出演した。

 

「永遠の処女」など、さまざまなキャッチフレーズが付けられたが、何度か

体調不良が伝えられ、そのたびに引退がささやかれたが、

62年の「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」が最後の映画出演となった。

 

63年に小津監督が亡くなり、その通夜に出席したのを最後に表舞台から

遠ざかった。神奈川・鎌倉で妹夫婦と生活しているとされ、写真週刊誌などが

何度も“スクープ”を狙ったが、50年以上その姿をとらえたものはなかった

| 映画 | 23:45 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
さらにニューヨークを舞台に、もう1作「ゴースト ニューヨークの幻」

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ニューヨークの町。同棲中の二人、銀行マンの
サム(パトリック・スウェイジ)

陶芸家のモリー(デミ・ムーア)はサムの親友カール(トニー・ゴールドウィン)に

手伝ってもらい古いアパートを改装するところから映画は始まる。

翌日、銀行のオフィスで、サムはコンピュータにある口座データに疑問を感じていた。

その夜、サムとモリーが「マクベス」を観劇しての帰り道、暗がりから一人の暴漢が

サムを襲った。もみあいになりピストルが発射された。

暴漢が逃げるのを追いかけるサムはあきらめて戻ると・・・

何と!モリーが血だらけの自分を抱いて泣いているではないか。
その時、空から1条の光が射してきた。サムは自分が死んだのだと悟った。

ゴーストになったサムはモリーのアパートで彼女と共にいた。
数日後、アパートを訪ねたカールとモリーが散歩に出かけた後、男がアパートに

侵入して来た。サムは驚愕した。それは自分を襲い、殺した男だった。
そこにモリーが帰ってきた。

サムは危険を知らせようとモリーの猫をけしかけて男を追い出すと、後を追った。
追跡したサムは男のアパートを突き止めた。名前はウィリー・ロペス(リック・アビルス)。
霊媒師の看板を見つけ、サムは中へ入った。霊媒師オダ・メイ・ブラウン

(ウービー・ゴールドバーグ)が客を相手にしていた。彼女は本物の霊媒師だった。

モリーのアパートから出たカールの後をつけたサムは、真相を知る。

友人と思っていたカールは、不正を働いていた。

それをサムに嗅ぎ付けられたと思ったカールは暴漢ウィリーサムを雇っていた。

サムは、地下鉄のゴーストを探し出し、物体を動かす方法を伝授してもらった。

人間に触れることはできないが、物体なら動かせる。

サムは再びオダ・メイを訪れ、銀行へ連れて行き、カールの架空口座から

400万ドルを引き出した。そして、その金をそっくり慈善団体へ寄付してしまう。

一方、カールは口座に金が無いので驚愕した。
カールは金を取り返そうと、ウィリーとともにオダ・メイのアパートへ向かった。

オダ・メイとモリーはなんとか逃げる。その二人をゴーストのサムが救う。
相手からすれば目に見えないサムは物体を動かし、二人を恐怖の底へ突き落とした。

カールとウィリーは訳が解らぬまま落命した。

戦いが終わった。今やサムの存在を信ずるモリー。やがて、天から光が降りてきた。

サムは光と一体となり、天に昇っていく。


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サスペンス&ミステリーのラブロマンスである。

ところでこの時の主演のデミ・ムーアの美しさは、何だろう・・・・

ゴーストは幻だが、彼女はまさに実在する天使である。

 

二人の会話が勉強になるかと観だしたニューヨーク舞台の映画であるが

結局は、字幕無しではほとんど理解出来なく、字幕付きで観てしまった。

これでは、勉強にならないが耳を慣らすことになっていると納得させている。

少し経ってもう1度、頑張って字幕無しで観てみようと考えている。

 
| 映画 | 07:46 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
「オータム・イン・ニューヨーク」を観てしまった

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「オータム・イン・ニューヨーク」

「ニューヨークの恋人」に続いてニューヨークが舞台となる。

物語は

色づく木々の葉も美しい秋のセントラル・パーク。

恋人に別れを告げたばかりのウィルは、ひとりボートに乗っている悲しげな

美女に目をとめる。

ウィル・キーン(リチャード・ギア)はレストランオーナーであり結婚恐怖症の

48歳の独身男。

自由奔放な若きシャルロット・フィールディング(ウイノア・ライダー)と出会い、

彼は深入りしない軽いロマンスを望んだ。

ウィルは「永遠は約束しない」という信条の一方、シャルロットもこの関係は

長く続かないと確信していた。

なぜならば、彼女は病により死にゆく身であったからだった。

 

シャルロットの祖母のドリーは、シャルロットの病気を理由に彼女に会うのを

やめて欲しいとウィルに警告した。本当の理由はそれだけではなく、ドリーは

自分の娘や他の女性達が受けた痛みを同じように孫娘にさせたくなかったのだ。

ましてや同じ男にである。

そう、シャルロッの母は、ウィルと恋愛関係にあったのだ。

 

ある時、ウィルが他の女性と関係を持ったと知って泣いて帰ってきたシャルロットに、

ドリーは過去にシャルロットの母親とウィルの間にあった事を打ち明けた。
ウィルはシャルロットに許しを乞いに会いに来た。

シャルロットは怒っていたが、ウィルを許し、二人は短くも愛しい時間を過ごした。

しかし、二人の時間は長くなかった。シャルロットは、倒れ、名医の手術を受けるが

ウィルを残してこの世を去る。

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リチャード・ギア 1949年生まれ。

私が初めて彼の映画をみたのが「アメリカン・ジゴロ」だったのでその印象が

とても強い。「プリティ・ウーマン」でも同様だ。

しかし、最近では「HACHI 約束の犬」や、寅さんをイメージしたコマーシャルで

少しイメージが変わってきていた。

でも、今年また 007 ボンドガールの52歳の奥さんと離婚したそうである。

いくつになっても・・・・

 
| 映画 | 07:35 | comments(3) | trackbacks(0) | pookmark |
「ニューヨークの恋人」のメグ・ライアン、彼女元祖アヒル口だ・・・
久しぶりに「ヴェニスに死す」を観るかなと、DVDをかけだしたが、

ちょっとかったるい。いまの気分ではない。

軽い映画が観たくなった。

それで、2001年の「ニューヨークの恋人」を英語の勉強の意味も含め観だした。

このDVDは持っていたが観ていなかった。

みだすと面白かった。


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メグ・ライアン&ヒュー・ジャックマン共演による時を超えたラブ・ストーリー。

現代のキャリアウーマンと19世紀の貴族のめぐり逢いと恋のゆくえを

ロマンチックにつづる。

物語

舞台は1876年、ニューヨーク。レオポルド公爵(ヒュー・ジャックマン)は、

愛する女性とめぐり逢えないまま、結婚相手を決めざるをえない状況にあった。

そんな時、彼はある男を追ってブルックリン・ブリッジから落ちてしまい、現代の

ニューヨークにタイムスリップしてしまう。

 

仕事にも恋にも疲れた広告会社で働くキャリアウーマンのケイト(メグ・ライアン)は、

元ボーイフレンドであるスチュアート(リーヴ・シュレイバー)のところに転がり込んで

きたレオポルドと知り合い、彼の奇妙なふるまいにとまどいつつも、徐々に親しく

なっていく。

公園でバッグをひったくられたのをレオポルドが馬に乗って助けてくれたことから、

彼に恋心を抱きはじめる。そんなある夜、ケイトは会社重役のJ.J.に食事に誘われる。

ケイトを愛しはじめていたレオポルドはJ.J.の俗物ぶりを痛烈に暴きだす。

怒り傷ついたケイトが翌朝レオポルドから受け取ったのは、誠意にあふれた美しい手紙。

しかしレオポルドは19世紀に帰ってしまう。そしてある令嬢との結婚の準備を進めるが、

そこに、せっかく手に入れた重役のイスを捨て、ケイトがタイムスリップしてやってくる。

これは、スチュアートが19世紀に撮ってきていた写真にケイトが写っていたことで運命を

感じたからだった。

かくして2人は19世紀でめでたく結ばれるのだった。

この頃のメグ・ライアン、とても魅力的な女優だ。

| 映画 | 07:54 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「南太平洋」その2

南太平洋 SOUTH PACIFIC
ジェームズ・A・ミッチェナーの小説「南太平洋物語」をオスカー・ハマースタイン2世、

リチャード・ロジャースとジョシュア・ローガンによりミュージカル化されて、

ブロードウェイで驚異的なロング・ランをつづけた作品の映画化。

今回の映画化では「エデンの東」のポール・オスボーンが脚色にあたり、

「サヨナラ」のジョシュア・ローガンが監督、撮影は「無頼の群」のレオン・シャムロイ。

音楽はリチャード・ロジャース。ハマースタイン作詞、ロジャース作曲の10数曲が

演奏される。

出演は「旅情」のロッサノ・ブラッツィ、「魅惑の巴里」のミッチー・ゲイナー、

「お茶と同情」のジョン・カー、他にレイ・ウォルストン、フランス・ニューエン、ラス・モーガンら。

製作バディ・アドラー。


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当時は珍しかった2ヶ月に及ぶ大規模なロケーション撮影が、ハワイカウアイ島

敢行されて話題になった。

しかしせっかくの美しい風景に、様々な色のカラー・フィルターを歌ごとにかけるという

演出が(それは舞台の照明切替を意識したものだったのだが)批評家の意見は分かれ、

アカデミー作品賞でも『恋の手ほどき』(Gigi)に大きく差をつけられる結果になった。

しかし、映画公開に先行して発売されたサウンドトラックが人気を牽引する形となり、

興行的には国内外で大成功をおさめ、1950年代を代表する人気映画の一つとなった

(映画の製作費500万ドルに対し、全米配給収入だけで1850万ドルを稼ぎ出している)。


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撮影現場となったハワイ、カウアイ島の北側、プリンスヴィルは、私も何度か訪れた。

対岸に見える独特の岬が特徴で、美しい湾と砂浜が今もある。

ホノルルで国内線の飛行機に乗り換え約1時間でカウアイ島。

撮影されたプリンスヴィルへは、レンタカーで1時間ほど走る。

ここに、素晴らしいホテルがある。私は、知人がこのホテルのコテージを

所有していたため、4、5日滞在できたのでした。

カウアイ島は、ハワイ諸島でも一番自然の残った島で、特に北側は断崖絶壁で

陸地を一周することが出来ないのです。

そのため、開発されることもなく、古代のジャングルが今も残っているのです。

「ジラシックパーク」の撮影に使われたことで想像がつくと思います。


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「バリハイ」の島は、実在しません。あの位置は海です。

タヒチのボラボラ島の山をCGで合成しているのです。


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このバリハイでJ・カー演じる米軍中尉ケーブルと島の娘ライアット(F・ニュイエン)が

出会う話がロマンティクで、ライアットの可愛さが、当時忘れられなかった。


農園主ベックがハッピーエンドで、ケーブル中尉が死亡、ライアットが残されるのが

納得いかなかった。

ミュージカルなのだから両方ともハッピーエンドではだめだったのだろうか・・・

 

 
| 映画 | 07:11 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
昨夜ミュージカル「南太平洋」をDVDで観た
懐かしい映画にはまってしまった。

続いて観たのが「南太平洋」 SOUTH PACIFIC だ


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1959年日本封切り

学生時代東京に出て来たときにはじめて見た総天然色、シネマスコープ映画だった。

渋谷の「パンテオン」だったか・・・映画館をはっきり覚えていない。

友人に連れてこられたため。

伊勢から出てきた田舎者には、壮大な映画館自体驚きであった。

満席だったので一番前の席に座り「バリ・ハイ」のミステリアスな歌を聴いた。

あの印象は、今でも強烈に残っている。


物語は

太平洋戦争の真最中、南太平洋のある島に海兵隊所属のジョセフ・ケーブル中尉

(ジョン・カー)がやって来る。彼には島にいるフランス出身の民間人で、農園主の

エミール・デ・ベック(ロッサノ・ブラッツィ)に会う特別任務があったのだ。

エミールの知人には、海軍の看護婦ネリー・フォーブッシュ(ミッチー・ゲイナー)がいた。

彼は明朗な彼女が好きで、自分が故国で、自由のためにある男を殺したことを話す。

島には洗濯屋兼よろず屋のビリス、土産物製造業のメリーなどがいて、

島の司令官は海軍大佐ジョージ・ブラケット。近くには活火山を持つバリ・ハイ島があり、

そこには将校以外の者の上陸が禁じられている。

ケーブル中尉はブラケット大佐に、敵の輸送船団を攻撃するためある島に監視所を

設け、そこに地理にくわしい者を配置するという任務を伝える。それにはエミールが

適任だというのだった。

バリ・ハイ島の祭の日、メリーはケーブル中尉を島に伴い、自分の娘ライアット

(フランス・ニューエン)を紹介。2人はたちまち恋仲になる。

一方ネリーは、エミールが過去に地元の女性と結婚したことがあり、妻は死に、2人の

子供がいることを知り、衝撃を受ける。そしてエミールは軍慰問のショーのあとで、

ネリーから結婚を断られる。

その後エミールは軍への協力を引き受け、ケーブル中尉と共に飛行機である島に

向かう。途中で密航したビリスは見つかって敵の襲撃を受けるが、落下傘で海上に降りる。

救命袋に乗ったビリスは安全海域へ逃れ、敵軍攻撃をのんびりと見物する仕末だ。

ケーブル中尉とエミールの活躍でみごとに成功するも、ケーブルは戦死、

エミールは行方不明となる。

その頃、エミールへの愛を取り戻したネリーは、子供たちの面倒を見ながらエミールの

帰りを待つ決意をする。そしてついに、エミールは無事に戻ってくるのだった。...

 

「バリ・ハイ」とともに、農園主のベックが歌う「魅惑の宵」は、不朽の名作である。

 

映画館で見たときにはあまり感じなかったのだが、戦争の相手が日本軍なのだ。

原作は「南太平洋物語」舞台は、ハワイでなくソロモン諸島なのだ。

どうも、撮影舞台が何度か行ったことのあるカウアイ島のプリンスヴィルなので

頭がハワイになっているためか、戦争の相手が日本軍ではないように思っていた。

| 映画 | 07:06 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |

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