サラリーマン生活の幕を閉じた

弟のことで、自分のことに触れなかったが、

一昨日の11月3日付けで四十数年のサラリーマン生活に幕を引いた

 

大学を卒業後、銀座8丁目にあった貿易商社で始まったサラリーマン生活、

翌年本社ビルが東麻布に完成し移転。バブルの波に乗り売り上げも10倍、

年商も「ミキモト」をも超え絶頂期を体験した。

しかしオーナー社長のお家騒動にはじまり、バブルの崩壊で

2棟持っていたビルも売却。次に赤坂に移った。

銀座⇒麻布⇒赤坂 地名だけをみていると

なんか「飲み屋街渡り歩き」のようである。

最後は、今年2月末に浜松町に移り、終焉を迎えた。

 

時計宝飾業界では最大手であり業界をリードしてきた自負もあり、

1952年創業の老舗企業であったが、ついに力つきてしまった。

heiwa 

創業者の故高木克二氏には、仕事の姿勢、人生の生き方あらゆる面で師匠であり

敬愛している。一時引退したのちの行動には疑問が残るが・・・

その後 5度社長が変わり、会社が活力を無くしていったことは、自分でもふがいない。

 

また私自身、父が伊勢で真珠の卸商を営んでいた関係で仕事のうえで父の恩恵を

沢山得られたことは幸せであった。

 

これからの人生、まだ長いので、弟の分まで充実した意義ある生活をおくるつもりだ

| - | 10:50 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
「余命数か月の命」80歳まで生きるつもりだった弟、無念だったと思う

弟は、亡くなる前日、私に、実は10年ほどブログを書いていたが

ブログ名は「俗物哲学者の独白」だそうで、すぐ読んでくれと言う。

後でパソコンで読むよと伝えたが、すぐに見てくれと願望された。

スマホで検索すると、びっしり文字だけで書かれたブログが現れた。

緊急入院した当日の10月27日にも書かれていた、題は「副作用の連鎖」。

2日に1記事、それぞれ 1200文字ほどの長い記事が多岐の項目で

2月に食道癌を発症し、入院した彼は、自分の癌についても

冷静に分析している。

癌が分かった 2か月後の 4月23日のブログでは

 

「余命数か月」と書いている。

彼のこのブログを段落だけ変え、そのまま掲載いたします。

 

 私は余命数か月らしい。

食道にできた癌が動脈と肺に浸潤しているために食道と肺の間に

小さな穴が開きそれが肺炎を起こしているとのことだ。

動脈や肺の壁が癌細胞になってしまえば癌を取り除けない。

癌の破壊がそのまま動脈や肺の破壊になってしまうからだ。

治療不可能ということでステントによる延命を勧められたが

放射線治療を受けることを敢えて選んだ。仮に放射線によって

癌細胞だけを殺せれば正常細胞が増殖して小さな穴を埋める

という可能性が少しだけあるからだ。

 

しかしそう上手く行くとは考えられず、多分、治療開始から2・3週間後

には肺炎を悪化させることによって死期を早めることになるだろう。

それでも座して死を待つよりはマシだと判断した。

  

近々この世を去る私にできることは何だろうか?

できるだけ多くの良いものをこの世に残すことだろう。

そのためにはたとえ低下した知力を使ってであろうとも精一杯努力して

少しでも有益な記事を書き残したい。

今後、更に知力の低下や性格の劣化も起こるだろうが、人間としての

尊厳性も失いたくない。

  

80歳まで遊んで暮らすつもりでいたから私の遺産は妙に多い。

妻子を持たない私にできることは兄弟に少しでも多く残すことだろう。

医療費はやむを得ないが、できるだけ無駄遣いを避けて少しでも

多く残したいと考えている。

何しろ三途の川の渡し賃はたった6文だそうだ。

  

退職後、一人暮らしの母を助けるために、住み慣れた大阪を離れて

帰郷したつもりだったが、最後の数か月は

すっかりお荷物になってしまった。

何とも不本意な結末だ。

憧れだった「老春」も果たせなかったのだから、

人生とは全く計画通りには進められないものだ。

 

私のブログを見ていただいた方、弟の生きざまを彼のブログ

「俗物哲学者の独白」でみてやってください。

http://blog.goo.ne.jp/nakai1951727

| - | 10:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
弟が先に天に召されてしまった

また、間隔があいてしまった。

実は、10月30日日曜日、朝 6時25分、食道癌で闘病中だった

弟の敬二が亡くなった。

2月発症して、戦いながら7か月。癌と診断された時には、ステージ

よく頑張ったと思う。

伊勢高校、京都大学哲学科卒、近鉄百貨店で企画部長、早期退社

4年間、母と過ごしてくれて、今年自分のやりたいことがあるので

また、大阪で生活したいと、2月に住まいを探しに行った帰りに水も飲めなくなり

病院に行ったが、すでにステージ検

手術も出来ない状態で、まず抗がん剤から始まった。

しかし、これも効かなく、次の放射線治療が劇的に効き、少し食べられるようになった。

しかし、10月28日肺に浸潤した癌が、急激に肺の機能を奪い

人工呼吸器を装着しても酸素を吸収できなくなり息を引き取った。

 

私自身についても、本日で仕事を終えた。

長いサラリーマン生活が、こんな形(会社倒産)で終わるとは、最悪である。

29日病院に泊まり30日早朝弟を見取り、葬儀社に遺体引き取りのお願い、

通夜を中山寺のご住職にお願いし、火葬場を翌日に手配

死亡診断書を市役所に届け、31日11時火葬。

葬儀をお寺に手配して11月1日東京に戻り、2日の今日、最後の勤めを終えた。

 

葬儀は、11月20日13時から中山寺にて家族葬で行う。

故人が派手なことの嫌いな人で、葬式もいらないと言っていたこともあり、

内輪でおくり出すつもりである。

| - | 23:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タイで黒い服の値段上昇(喪に服す)

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国王の死去を受けて、喪に服すため黒い服を買い求める人が

増えているタイで、それに乗じ商人が不当な利益を上げることの

ないよう当局が警告した。

 

世界最長の70年の在位を誇り、国民から絶大な支持と尊敬を

集めたプミポン国王が13日に死去した後、タイ政府は1年間の

服喪期間を発表した。

また、最初の30日間は黒か白の服装を着用し、戸外イベントは

中止するよう求めた。

 

「黒いシャツの値段が上がっているため、政府は、白や黒の服を

扱う小売業者が、不当に高い価格で販売しないよう監視する

チームを派遣する」と首相府報道官は記者団に述べた。

 

タイでは黒が喪に服す色だが、純潔を表す色である白も

着用されることがある。

バンコク市民の多くは黒い服装をしており、国王の死去が

発表されて以降、買い物客は黒い服に殺到している

| - | 09:05 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
毎年楽しみな「コスモス街道」

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昨日久しぶりの快晴、武蔵野公園のコスモスをみに行こうと思い立った。

毎年、マリーの父さんが丹精込めて植え育てた美しいコスモスの群生。

週末が雨で2週間ほど行くことが出来なかったので、もしかすると

散ってしまっているかもしれない。

朝、自転車で20kmほど走る。

どうやら間に合った。満開ではないが、今年もコスモスが見られた。

マリーの父さん有難うございました。

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por

帰りのランチは、お気に入りのイタリアンレストラン

国領の「ポルト・デ・マーレ」でパスタである。

長野三浦さんの野菜のパスタ 美味しかったです

高梨オーナーシェフご馳走様でした。

| - | 07:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
恐ろしい!六本木の工事中のビルから鉄パイプが落下、死亡事故

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昨日14日午前9時55分ごろ、東京都港区六本木3丁目のマンションで

工事用の足場の解体作業中、10階部分から鉄パイプ

(長さ1・5メートル)が落下し、歩道を歩いていた東京都新宿区の

無職飯村一彦さん(77)の右側頭部に突き刺さった。

飯村さんは病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

一緒に歩いていた70代の妻も病院に運ばれた。

警視庁麻布署は、現場の安全管理に問題がなかったか、

業務上過失致死容疑で調べる。

 

事故現場は、六本木駅から300mの大都会のど真ん中

こんなことが起きるんだ・・・・・・

| - | 07:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
今日10月14日は「鉄道の日」だそうです

汽笛一声、新橋を♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦

明治5912日(新暦18721014日)に、新橋駅

(後の汐留貨物駅、現・廃止)と横浜駅(現在の根岸線桜木町駅)

とを結んだ日本初の鉄道(現在の東海道本線の一部)が

開業したこと並びに、1921年(大正10年)1014日に

鉄道開業50周年を記念して東京駅の丸の内北口に

鉄道博物館(初代)が開館したこと、を記念したもので

1922年から鉄道記念日として鉄道省により制定された。

 Train

1949年には日本国有鉄道の記念日となり、分割民営化後も

引き続きJRグループの記念日としてJRグループ内で

祝われていた。

だが、1994年に運輸省(現・国土交通省)が「『鉄道記念日』の

ままではJRグループ色が強い」という提案で、「鉄道の日」と

改称し、JRグループを始めとしたすべての鉄道事業者が

祝う記念日となった。

 

そういえば最初の列車の鉄道時計は、アメリカ製のウオルサムの

懐中時計であった。

 

| - | 07:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
タイのプミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)がバンコクの病院で死去

タイ王室は、プミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)が

13日午後3時52分(日本時間同5時52分)、バンコク市内

の病院で死去したと発表した。88歳。

死因は明らかにされていない。

兄のアナンタ・マヒドン前国王の突然の死により1946年に

18歳で即位。今年6月、現役君主としては世界最長の

在位70年を迎えた。

開明君主として地方農民の生活改善運動などに取り組み、

タイを東南アジアでも有数の近代国家へと導いた。

pumi 

 

プミポン国王は27年、米マサチューセッツ州生まれ。

第二次世界大戦後の混乱期に即位。積極的に地方を視察し

国民の絶大な人気を得た。農業や漁業、小規模工業など

多数の王室プロジェクトを実施する一方で、持続可能な

農業生産をめざす「足るを知る経済」哲学を打ち出し、

天然資源の浪費を戒めたことでも知られる。

 

軍事政権が民主化運動を弾圧し多数の死者が出た92年の

騒乱の際は、首相と民主化運動指導者の双方を呼んで

調停するなど、国の危機には政治的指導力も発揮した。

 

タイ国民に絶大な尊敬をうけており、多くの市民の家には国王の

写真か肖像が掲げられている。

今も夕方6時に、公共の場では国歌が流れ、市民は直立して国歌斉唱する。

| - | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
日曜日、新進のカフェの本場になっている「清澄白河」へ行ってきました

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清澄白河をコーヒーの街に一気に押上げたのは、昨年オープンした

「BLUE BOTTLE COFFEEでした。

場所もわかりずらいところで、大型店舗なのに今だに行列が出来ている。

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Blue Bottle Coffee「ブルーボトルコーヒー」とは?

クラリネット奏者だったジェームス・フリーマン(James Freeman)氏が

その道を諦めた時に、彼のもう一つの情熱であるコーヒー、

それも本当に美味しいコーヒーを作ろうと決心し2002年8月に

自宅のガレージで始めたのがブルーボトルコーヒーである。

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ブルーボトルコーヒーのもうひとつの魅力はまず、

「THEおしゃれなブランド」ではないでしょうか。

外観や店内もどこをとってもおしゃれに作られています。

テーブルや内装、ディスプレイなど、どれをとっても

おしゃれなのがわくわくしますね。

住所:東京都江東区平野1-4-8

| - | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
挫折

人生で2度目となる最悪の事態が10月3日に起きた。

これからの身の振りを早急に考え行動しなければならない。

| - | 18:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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